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アーカイブ:2018年
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4月

過疎四苦八苦

働き手不足



人材不足とか働き手が不足しているといわれています。あるいは後継者不足ということもいわれています。

しなければならない仕事はあるのにそれをする人がいない現象のことですが 一体なぜこのような現象がおこったのでしょうか。

単純に考えて見ると 仕事が増えたのか仕事をする人が減ったのか その両方がおこっていることになります。

仕事が増えた原因には しなくてもいい仕事もあると思うのです。まず人間が生きるために必要な仕事があって 次第に楽しむための仕事が増え ついにはそれがなくても十分に生きられる仕事を考え出して働く人も増えてきたように思えます。

分業化し 専門化しながら次々と仕事の種類が増えているのです。

人が生きるためにどうしても必要な仕事は 食料を手に入れる仕事です。その仕事場は自然に最も近い場所で 厳しさもある場所です。

仕事の種類が増え 働き場所が増えるにしたがって 楽で楽しい仕事へ気持ちが動くのは当然です。そのような現象を発展進歩というのでしょうが 一度立ち止まって見直すことが必要ではないかと思うのです。

「人はなぜ生きるのか」「自分はなぜ人に生まれたのか」という原点から見直す機会があってもいいのではないかと思うのです。


お寺ではそれを考えます。

 

 

新緑


新緑の季節です。遠くの山や近くの木々や草の芽吹き それぞれの葉が開き終わっています。

やわらかな日差しの下で新鮮な若葉がゆれる風情にはこころが安らぎます。

若葉の季節は連休が終わるころまでで それからは次第に色が濃くなって 夏木立になります。

人間と同じように 木や草も 実をつける次の季節に向かって懸命に準備をしているようです。

さわやかな新緑をお供えしようと あじさいの木を剪りました。 

連休を利用して法事を計画されるお方が多く お休みをいただくことは出来ませんが 新緑と楽しみます。

つかの間の新緑の季節を満喫して 心をときめかせていただきます。


 

 

穴場観光のおもしろさ



穴場観光 空き時間観光を楽しんで来ました。

それを意識的にしようとしたわけではありませんが 隙間時間を有効に楽しめないかと知恵を絞った結果です。

ブラタモリよろしく 街あるきのおもしろさを体験しました。

伏見の城下町の直線道路や武将の名前がつけられている町の名前。龍馬とともに有名になった寺田屋。今は川を埋めて繋がってしまった中書島。

当時の賑わいとか人々の暮らしに思いを馳せることは意外に楽しいものだと知りました。

黄桜の酒蔵に造られている食堂や売店には ワンショット試飲などが準備されていて楽しめました。パンフレット通りではない楽しみ方をした旅でした。

 

 

京都に来ています

京都に来ています。

本願寺での奉仕活動が目的の旅行ですが わずかな時間を利用した穴場観光も楽しみです。

長い時間かけた旅行や盛りだくさんな観光地訪問もいいものですが 穴場一カ所だけを楽しむこともすばらしいものです。

今回は奉仕作業を終えて 伏見の酒蔵に立ち寄ります。黄桜酒造のレストランで昼食をとり 伏見の歴史や近代化された酒造りを学ぼうと思っています。

学生時代に松竹梅の酒蔵でビン洗いのアルバイトをした経験があります。

わずか数日間のアルバイトでしたが 60年前の蔵を思い出しながら酒造りの変化を見たいと思います。

 

 

仔牛誕生



この仔牛の名前は釈一照といいます。

名付けの親は牛飼いをしているその家の息子さんです。

先日おばあちゃんが亡くなられ そのおばあちゃんの3七日の前日に生まれたそうです。そういう縁で おばあちゃんの法名を仔牛の名前にされたそうです。

その家では2七日目の昼にも一頭の仔牛が誕生していましたが その仔牛は大二郎と名付けられていました。

6頭の親牛がいるのですが 49日までにもう一頭生まれるかもわからないといっておられました。

生きものを飼うことによって いのちのこと 親子のつながりのことなど 貴重な体験をしていると話してくださいました。

いまどき専業農家になる人は少ないのですが その家の孫さんはその道を選んでいました。

田んぼと牛9頭。まだ経験は浅いようですが しずかに情熱を燃やしていることを感じ たのもしく思いました。


 

 

無印良品


「無印良品」というブランドがあります。一つ一つの品物というより ライフスタイルのブランドとして理解しています。

ふと 人間の無印とは何だろうと考えて見ました。 家柄とか地位 肩書や資産 あるいはイデオロギーという理解になります。

そう定義すると 良品ということばは人間性とか生き方ということになるようで おもしろいなあと思うのです。

人間は社会というお店の中で 出会った人とお付き合いをするのですが 無印でないものを選んではいないでしょうか。

その人との相性で選ぶのですが 特別なブランドはなくても できる限り良品を選ぶことを心がけたいと思うのです。

「無印良品」というブランドは そんなことに気づかせてくれたブランドであり 愛用品の一つに加えています。
 

 

 

発見



「ワークショップ」という手法で お寺をことを考える集まりをしました。そしてその指導は お寺の門外漢である専門家にお願いしました。

そのお方にお願いすることになったきっかけは そのお方と数回お目にかかって フィーリングがあったことでした。

一例ですが メールで届く第一声は 「お早うございます 〇〇でございます」といことばです。何気ないことばづかいですが 「おッ そうか」と惹きつけられたのです。

私たちの話をしっかり聞いてくださる姿勢 おだやかなことばづかい スピーディーな仕事ぶりも素晴らしいと感じたのです。

時間を掛けて取り組む課題なので お互いに何でもいいあえて 信頼関係を結ばなければなりません。それが可能だと感じて取り組むことにしたのです。

どのような展開を見せるのか 今はまったく想像がつきません。

あえて「こうしたい」という私自身の思いを話すことは控え 想像が出来ないような意見が出ることを期待しています。


 
 

 

流れを読む


100手先まで読むといわれる将棋界の羽生永世七冠が 将棋に対する変化を問われたとき 「変化といえば 流れを読むようになったことです」といわれました。

次の一手のために 差し手を考えるのが勝負の原則でしょうが この一局全体の流れを読むようになったといわれたのです。そのことば通りに 解説者が予想すらできない一手が飛び出すことがあるようです。

偉大な実績をもつ方の発言で その真意が読み切れたとは思えませんが なんとなくわかるような気もしています。

人生も終盤にさしかかると 若いころと同じようにビジネスでの成功とか幸福の追求のために過ごしてきた日々の生き方は変わります。

やがて終わる人生にとって 今何をすることが大事なのかという思いが出るからです。そして今までの生き方とは違った生き方へ思いが向くのです。

そのときどのような方向に思いが向くのでしょうか。誰もが同じ方向に向くことはありません。

老後を楽しみたいという考えでの暮らしを目指す人 お世話になった地域のためになにかお役に立ちたいと思う人など様々でしょう。

羽生さんのことばを人生を一局にたとえるなら 流れの読み方にもいろいろあるのだから 変化して学ばなければならないのです。

失敗も成功も繰り返しながら学び 「将棋をやっていてよかった」といって人生を終える流れが語られたように感じました。 


 

 

子どもがお参りします



今日は子どもたちがお寺にお参りする行事を計画しています。

今年小学校に入学した近所の子どもが4人 家族と一緒にお参りしてくれる予定です。

子どもたちの記憶の中にお寺がどのようにインプットされるのか考えると とても大事な行事です。

お釈迦様のお誕生日は4月8日で 昔はこの日を「花まつり」と名付け 童形の釈迦像に甘茶をかけ お花をささげてお祝いをしました。

そのあとで甘茶と手作りのおやつをいただき 歌を歌いました。私の脳裏には その記憶がしっかり残っていますので この行事は大切にしたいと思って準備をします。

そのときに歌った歌詞のことを考えていますが 少し理解しにくい歌詞でした。

大人になって理解できたのですが さて現在ではどうだろうかと思案しています。天上天下唯我独尊というお釈迦様の第一声が 「天にも地にも我一人」ということばになって歌われていたのです。

難しいという気がして 今日はお話をしようと考えています。

虫をついばむ小鳥 それを襲う大きな鳥 小鳥を助けようとしたときに大きな鳥が叫んだ逸話です。「なぜ食べてはいけないのか」という質問にどう答えたらいいのか。

人生の問いを残したいと思っています。 

 

 

今日、法話をします


二日間の法座のご講師さんをお願いしたのですが 一日しか都合がつかないといわれました。

そこで 初日は私が法話をすることになりました。

かねてから思いの中に納めていたことを聞いていただこうと思っています。

意識していることはいくつかあります。まず第一は 出来るだけ専門用語を減らしてお話しすることです。

二つ目は自分がいただいていることを自分のことばでお話しすることです。

三番目には 対話になるような話し方を試みることです。自己満足で終わらないように 共感していただきながら話したいと思っています。

お寺は 「なぜ生まれたのか」「何を求めて生きているのか」に気づく場所だと思っています。

​それには時間が必要に思いますが それに気づいて生きるというライフスタイルは魅力的なものだと思います。