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1日

過疎四苦八苦

非日常と非意識


山陰中央新報紙の来週のコラムに 企業研修としてお寺で「非日常」の体験していただいていることを紹介しました。

投稿した後 本質は「非日常」でなく「非意識」のことを体験していただいているのだと思いました。

「非日常」といえばお寺での生活のような特殊な体験を想像しますが 「非意識」というと 日ごろは意識しないでいる自分自身の日常意識として想像することが出来ます。

たとえば 生産効率を上げるとか夕食の買い物に思いを巡らすような日常生活の意識活動に対して 自分の人生は必ず終わりが来ることを意識することは日常に意識しない「非意識」です。

そのような「非意識」を意識化したら 日常の意識活動に かならず新しい変化が生まれると思っているのです。

「苦の根源はどこにあるのか」という話とか 「何のために生きるのか」という話題を口にすることは非日常のことですが 苦の根源は自分にあると気づいて意識活動をすれば発想は変わります。

仏法は 非日常のことではなく毎日の生活の中に非意識として隠れているので 話し合って気づいていただこうと思っています。