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過疎四苦八苦
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アーカイブ:2018年

過疎四苦八苦

制限速度遵守


「少しスピードの出しすぎですね」と やんわり注意を受けました。

施設前の市道は 制限時速が40キロなのです。直線で見通しがいいから 気づかないうちに50キロあるいはそれ以上のスピードになっていることなどを指摘されたのです。

そういわれて 「自分はどんな時にスピードメーターを確認しているのだろうか」と振り返ってみました。

高速道路に入ったときや渋滞がない国道などを走るとき あるいは取り締まりが行われる道などを走るときなどが思い浮かびました。

走りなれた地元の道を走るときは ほとんど意識して見ていません。脇道のことや通行人のことも知り尽くしているから と油断しているのです。

常々「諸行無常」といいながら 人はいつも同じところから出て 同じように行動するものと思い込んでいたのです。

運転している自分も 同じような視力や聴力 あるいは注意力であると思い込んでいたのです。

「諸行無常」というお釈迦さまがお説きになった教えは 交通事故防止を考えてのことばではないのですが 仏法は人生のすべてに通じる教えでした。


   

 

草木とのバトル


この時期は雨がよく降ります。雨の恵みには感謝するのですが 草木が勢いを得てはびこることはうれしくないのです。

とくに竹。
見る見るうちに畑や庭におしよせて 周囲の景色を変えてしまいます。

いまの時期 破竹やくろ竹のタケノコがぼこぼこと地面を破り 地上に出るやいなやぐんぐん伸びるのです。

旅行前に裏の庭に出たタケノコをすべて倒しておいたのですが 帰ってみたら一面タケノコの林でした。あわてて倒したのですが それでもまた一週間後には同じ作業をすることになります。

タケノコの根っこが 庭の下を網のように覆っていることがよくわかります。

人間には庭の表面の様子しか見えませんが 見えない地下では 竹をはじめいろいろな草木の根っこがたっぷりと雨水をもらって育っているのです。

どのように棲み分けをしているのか どのような闘争をしているのかわかりませんが おそらく大変なバトルをしながら毎年違った様相を見せてくれるのでしょう。

それを楽しむゆとりがあればいいのですが 我が家が草木に襲われるような恐怖を感じて闘うことになるのです。

地下は根っこ同士のバトル 地上は人間と草木のバトルです。

 

 

サッカーワールドカップ観戦



「勝った!」

サッカーワールドカップの対コロンビア戦の勝利を見ました。夜9時からの試合でしたから 夜に弱い私は前半の30分だけ見て最後まで観戦せずに寝ました。

一応録画しておいたのですが 朝のダイジェスト版で見たという次第です。

点を取り合うゲームとはいっても サッカーの試合は1点を取ることがとても難しいスポーツですね。

その1点を取るために 身心を鍛え 厳しい練習をし 作戦を考え試合が行われているのです。

ゲーム時間は90分ですが その90分のために費やした時間や経費はどれくらいあるのでしょうか。

作戦やチームプレー ファンの選手の活躍や有力選手の技術など見方はいろいろあって サッカー通のレベルに関係なく観戦の興味は尽きません。

直前の監督交代という出来事など ワールドカップが近づくにしたがって 当然のようにサッカーの話題が目立つようになっていました。

それを目にしたことで いつの間にか話題に上った相手選手も含め 数名の選手のプレーに注目し心理なども推理しながら観戦していました。


 

 

まんが図書室

まんが図書室に置くためのマンガ本が揃い始めています。

​『美味しんぼ』『どらえもん』『あさひなぐ』『進撃の巨人』それぞれの全巻が揃いました。

​遊びに来ていた3人の孫がさっそく読み始めました。まず『進撃の巨人』から読み始めていましたが 驚いたことに大変なスピードで読み飛ばすのです。

​そんな様子を眺めながら まんが図書室は子供たちに歓迎されるだろうなあとうれしくなりました。

孫たちからの希望が出たマンガ本をチェックして 『黒子のバスケ』『バカボンド』と『くれよんしんちゃん』も加えることにしました。それもやがて入荷します。

追加注文した組み立て式の本棚は 月末ころの入荷になるらしく それを組み立てて並べることになります。組み立て用の電動式のドライバーも購入して 入荷次第組み立てを始めます。

​第一段階の準備が整ってご案内できるのは7月になりそうです。
 

 

トランプさん


いろいろな仕事をしている人たちを見ていると その人が一人で仕事をしているのではないことに気づきます。

とかく物騒なツイートを発信しているトランプさんのことを考えていてそう思うのです。

国益が失われていると感じる課題をビジネス感覚でキャッチし その状況を自国の利益にかなうようにするためにはどうしたらいいかスタッフと意見を交わしてツイートになるのだと推測しています。

その過程で多くのブレーンが動き ツイートが議論され 多くの場合反論されながら新しい局面が展開するのです。

そうでなければ あれほど多方面にわたる問題ツイートは出来ないと思います。

そうではありますが 最も重要なことはトランプさんの意思力です。意思力というのは そのことを実行する本気度のことです。

改革という仕事を始めるときでも まず自分がそれを実現しようと本気にならなければなりません。そしてその思いを周囲の人に伝え 周囲の人たちにも本気になっていただかなければなりません。

とくに現状を変えようとして新しいことを始めるとき そこには賛成者ばかりおられるわけではありません。反対や批判 あるいは妨害も考えられます。

そのような障害を何度も乗り越えるために必要なことは意思力だと トランプさんは教えてくれています。 

 

 

数字を読む


福祉事業の決算を報告する会合が続きました。

一年間の活動を数字で報告し 会合の参加者から質問や意見 そして提案などをいただきました。

そのときに発表する数字は 事業の収入や支払った経費などの収支報告というものや 事業をするための資金をどのように調達したかといった数字です。

そこに出た数字には 一年間の活動状況の結果が出ているわけで その内容とか なぜそのような活動をしたのかといった人間が毎日働いた姿が裏にあるのです。

毎日の積み重ねがあって一年の数字になるのですが その感覚に馴染まないと数字を見て何かを感じるということは難しいものです。

若いころ「数字が読めなければ経営は出来ない」とか「数字の裏に隠れているドラマを見ろ」と教わったことがあります。

その訓練をしようと 倒産企業の決算書や優良企業の決算書を何度も読み込んだことを思い出します。

しかし実際の経営は いい決算書をつくるために行っているのではありません。

いかに多くの人が事業の理念の具体化に賛同し 応援してくださるかによるのです。生き甲斐をもてる仕事 働く人の躾や意欲が数字をつくっているのです。

 

 

質問の時間


お寺で行われる行事の中心に 「法座」と呼ばれる行事があります。

そのお寺の宗旨の様式にならって行われているものですが 時期ごとに大きなテーマがあります。たとえば お彼岸になると浄土往生を願う行事が行われることになるわけです。

私が預かるお寺は浄土真宗という宗旨のお寺ですが そこでの法座の内容は 「聴聞」とか「聞法」とよばれることで お説教を聞くことです。

布教使さんや布教が出来るお坊さんが 浄土真宗の教えを受け取りやすいようにお話しされるのを聞くわけです。端的にいうと 専門家のお話を一方通行で聞くのです。

厳かな雰囲気の中に座ってお話しを聞くことは 世間話と違ったありがたさを感じることが出来るものです。

とはいてもブッダが悟られたことばや 親鸞さまの体験を通して語られたことばを聞くのですから 聞き取ることは容易ではないのです。何度も何度も聞くうち 自分の人生体験に重なって理解できることもありますが それがなかなか難しいのです。

常々そんなことを思っていましたので 今日の法座は「質問法座にします」と先月に予告しておきました。仏教のことばの意味だけではなく なぜ宗教が必要かとか 宗教は戦争や犯罪をなくすために役に立つのですかという質問をしていただく法座にするのです。

質問の中から 時期相応のテーマをみなさんで話し合い 自分の中でひとつの答えらしいものを見つけていただこうと思っています。

自分自身がいかに無力であるか 愚かであるかを感じていただけたら目的達成と思っているのです。


 

 

どう生きるか


『君たちはどう生きるか』という本のことを思い出しました。

若者に問いかけている本のようなタイトルにも思えますが 私は自分に向けられたメッセージと思っているのです。

80歳になろうとする私に あらためて「君はどう生きようとしているのか」と問われているように思っているのです。

お寺を預かっているのですが 宗教離れや宗教理解の変質を感じながらどのようにしたらいいかわからないので このタイトルが自分への問いかけに感じるのでしょう。

私の役目は 信仰心の大切さや その伝え方を探すことです。ところが それを実践している自分の姿をイメージすることができないでいます。

例えば良寛さんのように生きるのか 一遍上人のように浮世離れして生きるのか思いつかないのです。親鸞さまはどうなさっていたのだろうとたずねてみたりしたのですが 思いが及びませんでした。

あれこれ考えながら 「どう生きるのか」という問いは 「何をしようとして生きているか」と同じだろうと思い 信仰心の大切さを伝えることを再確認しました。

 

 

おいしい卵かけご飯


卵かけご飯の美味しい食べ方に出会いました。

ときどき思い出したように卵かけご飯を食べるのですが そのつど「この食べ方が一番おいしい」と満足していました。

卵かけご飯については 子どものころの郷愁のようなものがあって 食べながらいろいろな思い出と重なります。

私の脳内には 卵かけご飯を想像するだけで美味しさホルモンが出るようになっていて いつ食べてもおいしく感じるようです。

先日ご近所の方から 地鶏の生みたて卵をいただきました。さっそく卵かけご飯です。

そのとき使った出汁は「根こぶだし」という根昆布でつくったものでした。

予想通り美味しくて 美味しさホルモンが流れ出る定番食に決定しました。

 

 

食器と料理


娘の家で調理をすることが多かった家内が、「食器の種類が少ないことを話してくれた。

私は「アメリカ人の食生活が単純だから食器の種類はたくさんなくてもいいのだろう」と話した。

日本の食事も、貧しかった頃を思い出してみるとごはんのお茶碗と汁椀、そして小皿が一枚だったように思う。

お腹いっぱいに食べられることがご馳走だった。

今のアメリカが貧しいからというわけではないが、日常の調理にかける時間への配分は多くないだろうと思った。

その時間が個々のレジャー時間に回っていることが想像できた。