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過疎四苦八苦
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アーカイブ:2018年

過疎四苦八苦

廃屋解体



お名前を初めてお聞きするお方から 「家を解体することになりましたので お仏壇を片付けていただきたいのですが」という電話をいただきました。

お話しを聞くうちに そのお方のおばあさんがお寺の門徒さんであることがわかりました。

おばあさんは30年くらい前にお亡くなりになっておられ 関西にお住まいであった子どもさんやお孫さんは お仏壇のことやお参りのことはご存じなかったようです。

「家の中に入ることが出来ますか?」と尋ねますと 「長い間戸を開けていませんので 部屋の床が抜けるかもわかりません。外からお参りということは出来ないのでしょうか」といわれました。

普段着の上に法衣を着けてお参りし ご本尊をお預かりしました。

お孫さんたちと しばらく土間で立ち話をして ご先祖が大事にしておられた仏法を引き継いでもらいたいとお願いをしてお別れしました。

その日から解体が始まるそうで 今月中にはこの地区にまた一つ空き地が増えることになります。

「解体費は300万円くらいかかりますか?」と見当でおたずねしたら 「それ以上です」といわれました。

更地にしたら誰かに買ってもらえるわけでもなく 税金は増えることになるはずです。それでも屋根瓦が落ち 地震で崩壊して周囲に迷惑を掛けることを考えると解体しなければなりません。

過疎地のマイホームの始末には 手間もお金がかかります。



 

 

布団の紹介



布団の紹介に来られ 再度訪問されることになりました。

冬に向かうこの季節に 暖かい布団の紹介ですが 家内も私も欲しくないと思っています。今使っている布団で十分満足していますので いまさら新しいものに替える気持ちはありません。

私たちは 紹介に来られる人やその仲間の人たちと長い間の交友があり 素っ気なく出来ないという思いがあります。

二人で話し合いながら 高価な商品らしいので「購入しない」ことにしているのですが 人間関係を傷つけないようにお断りすることに気を遣います。

あれこれいわず 「夫も私も いまの布団で十分満足していますので お断りさせて下さい」という電話をかけ訪問をお断りすることにしました。

健康によいという商品をおすすめ下さる厚意には感謝しますが いま使用している布団で不健康になっているとは思えません。またお断りしたために人間関係が傷つくとも思えません。

お断りしたためにそうなったとしたら お互いがそのレベルの人間関係であったと反省しようと思いますが その方はいい人ですから大丈夫でしょう。

損得抜きの交友が何より大切だと思います。

 

 

今年のベストセラー本



今年上半期に読まれた本のランキングの発表がありました。

毎年この時期に出版販売の大手企業が決めて発表しているようです。

今年の一番は 『君たちはどう生きるか』という本をマンガ化してリニューアルされたものでした。

原作の著者は吉野源三郎さんで80年前に出版された本です。昨年この本が出版されたとき購入して 何人かの人にプレゼントしました。

そこまでしようとしたのは この本には仏教の教えがちりばめてあるように感じ 関心をもっていただきたいとおもったのです。

物語は コペル君という主人公の少年が 日常の生活を通じて問題にぶつかり おじさんと対話をしながら生き方に気づくお話しです。

人間の弱さややさしさ あるいは自分が多くの力に生かされている事実に気づくというお話しで 読みながら自分を見直すことが出来る本でした。


 

 

Jクラスの乗客



先日の研修会に来られた幹部の皆さん一行を江津駅でお迎えしたとき 「飛行機は揺れなかったですか」とたずねました。

そのとき「J席で快適に眠れました」といわれたのに驚きました。

「もしかして 毎月の研修にJクラスを利用?」と気づいて社長にその疑問をおたずねしました。

「はい そうしています。わずかですが日当も出しています」といわれました。

「すばらしい!」と思いました。

研修に臨む人に対するリスペクトと経営者の思想の高さを感じたからです。

Jクラス席というのは 飛行機の最前列から10列くらい後方までに設けられた緩やかに座れるシートの席で 料金が千円程度高くなります。

通常業務の出張で たとえ幹部社員であってもJクラスの旅費支給はないのが普通です。

研修のときに限っての支給であるにしても そのような事例に出会ったことはありませんでした。

J席に座った社員がどのような思いで座ったのか。あらためていわれなくても きっと何かを感じたと思います。

この企業のトップには 人の成長こそが企業の成長という信念があり その実現に参加する人全部が豊かになってほしいという思想があるのです。

まず私自身はそのような人たちと関われることをうれしく思っているのです。

 

 

納得するまでやり遂げる



人に話したら笑われてしまうようなことであったり 本人にとっても小さいことであっても うまく出来なかったことをやり遂げたらとても気分がよくなります。

昨日の夕方 2~3日前から気になっていた耳クリをしました。ときどきクッているのですが 納得するまでクリ終えたことはめったになかったのです。

ところが昨日は納得できるまでクルことが出来て みごとな塊を掘り出しました。しかも両耳で成功したのです。

声を出すことはありませんでしたが 内心で小さく「やった!」と声が聞こえたものです。

肉体上のどこでどのようにリンクしているのかわからないのですが その後しばらくの時間 気分はとても快適でした。

この出来事を思うに 他人なら何でもないことであっても 自分にとって気分よく何かをやり遂げたあとがこれほど気分がいいとしたら 一つ小さなこと納得するまでやる習慣を持つことが大切だということになるはずです。


 

 

出来ごとのとらえ方


毎日いろいろな出来事が起こります。他人に話したいようなこともあれば 自分一人で感じ やがて忘れる出来事など大小さまざまです。

中でも自分にとって身近な出来事に出会ったときや 当事者になった出来事は しばらく忘れられないものです。

先日 久しぶりに訪ねてきてくださったお方は 一大事件にあわれた人であったのでお見舞いを申し上げ 事件の話を聞かせていただきました。

その翌日 ご本人が事件の当事者であるという疑いで逮捕されたという出来事がありました。

被害者を主張していた人が一変して加害者になるという出来事に 容疑事実の是否はわかりませんが この変化をどのようにとらえ 気持ちを整理しようかと考えました。

まず人の話しは100%信用してはいけないというとらえ方がありました。

昨日と今日 一日で人生が一変するという無常を思うことが出来ました。

あるいは 目に見えないところで自分にかかわることがひそかに起こっているというとらえ方もありました。

一つの出来事をこのように整理したことがなかったのですが 人も世の中もわからないことばかりです。


 

 

自己を知る



「我に返れ」「自己発見」あるいは「照顧脚下」。

いずれも原点に返ってみようという呼びかけのことばです。

なぜそういわれるかというと 私たちはいつの間にか原点を忘れ枝葉末節の現象にとらわれて悩んでいることがあります。

そのような状態がおきたとき 原点に返ってみたら案外問題解決のヒントが見つかるものです。

「道に迷ったときは出発点に戻ったらいい」といわれる先人の教えも残されています。

ところがその「原点に返る」ことがなかなか難しいのです。

いろいろな経験を重ね アカにまみれていますから「そうはいっても」と言い訳があるからです。

中途半端な原点返りでなく 「なぜ悩まなければならないのか」という 人生のあり方を自問するところまで返ってみたらいいのです。

そこで考えてみたら 問題解決の要点とそれを実行するエネルギーのようなものが必ず見つかります。


 

 

お客さまをお迎えする準備



2週間くらい前から 毎月お見えになるお客さんをお迎えする準備を始めています。

お茶や食事のおもてなしをお願いしている女性スタッフが集まって メニューを考えるところからスタートします。

お客さんと話し合う内容については 2週間前に送られてきたお客さんのキャリアなどを見ながら考えています。

といってもお話しする内容は 仏法が原点ですからそれは変わりませんが アプローチなどについては少し考えます。

長い移動時間と費用を掛けておいで下さるのですから 「おもしろかった」と感じてお帰りいただきたいと思っています。

食事時間も含めてわずか7時間 限られた時間をどのように使えばいいか。

「非日常空間」に来て下さるのですから 話の内容はもちろんですがそちらのこともしっかり配慮しようと思っています。


 

 

お寺の行事は大事でおもしろい



浄土真宗のお寺のビックイベントである報恩講が終わりました。

大勢の人の力で 盛り上がりもあって無事に終えることが出来ました。

例年の参加者の人の中には 地域の行事と重なったり 3連休であることで支障がある人が何人かおられました。

地域の人々の動静が把握できるところで暮らしていますので どなたがお見えにならなかったのか どのような都合なのかおおよそわかるのです。

申し訳なさそうに 不参加というお詫びをいってくださる方があると 同じ地域に暮らしているわけですから 無理やりの参加をお願いすることは出来ません。

いままでは他の行事や都合と重なったとき その人が選ぶことだから「仕方ない」とあっさりあきらめる傾向にありました。

いろいろな思いを重ねながら お寺参りを選ぶことが「大事でおもしろい」と判断していただきたいと思う気持ちが強くなっています。

「大事だから」という建前だけでなく お寺への参加は「おもしろい」という本音から優先順を決めていただこうと思うようになっているのです。



 

 

変革はどこから始めるか



「変革」といっても まったく新しいことをすることによって始まっているのではないと感じています。

状況に変化に合わせ いま行っていることの中にある疑問点を ていねいに見直すことから始まるのだと思います。

バーガーショップが高齢化社会を見て 「入れ歯の人が食べやすいバーガー」を考えたら変革になります。

素人が農業に取り組もうとして 土作りの経験がなくても出来る水耕栽培で野菜をつくろうと考えた人は 農業の変革者です。

いじめや過労などが芽生える働き方を 仏法の教えで見直すことは お寺の変革になることです。

改革には 「よそ者 馬鹿者 若者」が必要といいますが 見直しをする自分がその人になればいいのでしょう。

そんな人のことを「変わり者」ともいえますが そのような「変わり者」がおられたら応援したいと思います。