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過疎四苦八苦
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アーカイブ:2018年

過疎四苦八苦

蝉が鳴かない夏


夏になると蝉が鳴くものだと思っていました。子どもの頃からずうっと思っていました。

ところが今年は蝉の声を聞きません。気がついたら春先に鳴く蝉の声も聞かなかったように思います。

毎年夏休みに近くなると 早朝から日暮らし蝉がうるさく鳴き立てて目が覚めていましたが 今年はまだ聞きません。もちろん夕方に聞くこともありません。

毎朝花に水やりに出るのですが 支柱や木の枝のあちこちで見かけていた蝉の抜け殻も見えません。今月になって3個見かけただけです。

そういえばトンボだってたった2回 シオカラトンボを見ただけです。うるさいくらい飛び回って楽しませてくれていたトンボですが やがて見ることが出来なくなるのではないかと思い 庭にやって来た一匹をしっかり眺めました。

地中温度や用水路の水温も高温になり 卵も幼虫も死滅してしまったのでしょうか。

蝉が鳴かない夏は とても淋しい夏です。

 

 

まんが本を寄贈していただきました



「子ども時代に読み終わって 今では自宅の隅に置かれているマンガ本を寄贈してもらおうと思っているのですが」と親しいお方に相談しました。

賛成してくださり さっそく息子さんに話して 読み終えて保管されていた大量のマンガ本をもってきてくださいました。寄贈一番乗りでした。

きれいに読んでおられた本で その場で本棚に並べさせていただきました。

チラシを作って 機会あるごとにお願いをしようと始めたところでしたので 弾みがつきました。

賛同してくださるお方があれば 本をいただきに行くことになります。また修復などの手入れ作業も必要になります。

あれやこれや考えていると 図書館スタッフが必要に思えてきました。近々館長やスタッフ募集ということも考えなければならないようです。

小さなマンガと絵本の図書館ですが 新しいことをしようとしたら次々に必要な仕事が出て来ます。それも楽しみです。

というわけで 本格的な開館までにはもう少し時間がかかりそうです。

 

 

ワールドカフェ



ワールドカップならぬ「ワールドカフェ」ということばを見つけました。

東京大学で開かれた「赤ちゃん学会」という研究者の集まりに参加した 保育士さんたちのレポートに書かれていました。

ワールドカフェの意味を文面から推測して 肩書きや国籍 職業や年齢など一切の垣根をなくして話し合う場のことと理解しながら読みました。

赤ちゃんの発育について 学術的に研究をされている大学の先生や研究生が中心になって 心理学とか医学 あるいは教育学の研究者や 実際に赤ちゃんにふれているお母さんや看護師保育士も参加されるという会合だったようです。

その場で行われたワールドカフェという話し合いの雰囲気作りがとてもよかったようで 物怖じせずに話し合いに参加することが出来たという満足感を読み取りました。

さらに研究者という人たちから 毎日赤ちゃんにふれているお母さんや保育士さんのような現場の仕事が一番大切だと評価されたらしく それに対しての誇らしさもあったようでした。

お寺でもワールドカフェという場づくりは これから考えなければならないことだと思っています。仏教を勉強して専門知識に 日常で生まれている様々な苦悩をぶつけ合う場のことです。 

日常生活の中で苦悩にぶつかっているときは もっとも真実が近くにあるときではないかという思いがします。

その思いを話し合う場づくりを模索しているのですが 思い当たることが出来ませんでした。このたびのレポートに書かれていた「ワールドカフェ」という文字を見て ヒントをいただいたように思いました。


 

 

USBの水難



数日前から 大切なUSBメモリが行方不明になっていました。

お寺の行事や活動の記録が入っているメモリでした。2年前に一度コピーをしましたが それ以後の記録にも失いたくない大切なものが入っていました。

デスクの上にあったのを見かけ安心していたのですが いつの間にか姿が見えなくなっていたのです。事務所を探したり 二箇所にあるデスクの引き出しをすべて隅々まで探したのですが見当たりませんでした。

ふと思いついて 洗濯をしたズボンのポケットを確認しました。なんと 「ありました!」。声に出さずに「あった!」と叫んで 瞬時に「壊れていない?」と恐怖のような思いが浮かびました。

水没したうえに洗剤を入れてかき回し 脱水までしたメモリの記録が消えてしまったのではないか。わずかな時間でしたが とても恐ろしくていやな時間でした。

事務所にもって行こうとしてポケットに入れたことを忘れ 夕方洗濯ものを入れるカゴに入れてしまったのです。洗濯カゴに入れる前に ポケットの中は点検する習慣はあるのですが いいかげんな点検だったのでしょう。

矢も楯もたまらずという感じで 早速開きました。

なんと いつものように開くことが出来たのです。この感激と安堵感。少々オーバーですがUSBメモリのメーカーさんに思わず無言のお礼をいいました。


 

 

本堂にエアコンを設置しました


本堂にエアコンを設置しました。

温暖化現象はエスカレートを続けています。お寺参りの減少も止まりません。

原因は自然現象と過疎高齢化で 本堂内が快適でないからでないことはわかっています。

それでもエアコンを設置しようと思い立ったのは お参りして下さった善男善女の方々に 本堂内でのひとときを快適に過ごしていただきたいという思いからのことです。

お堂には直射日光が入ることもなく 天井が高くて広い空間ですから 30年くらい前まではヒンヤリして涼しい場所でした。

ところが次第に真夏日という呼び名が耳につくようになって 本堂の暑さが気になるようになりました。近年は大型の扇風機を2台と小型のものを4台並べていますが 快適にはなりません。

多くの公共施設や集会所ではエアコンが設置されていますが お寺に設置されている例は さほど多くはありません。

「真実と出会うためには 暑さ寒さに耐えてこそ」と 一世紀前の人たちからお叱りを受けそうですが そのような精神論は通じなくなっています。

現代は ゆっくりお話しを聞くための環境を準備することが必要とされる時代になりました。というわけで 今日の人間講座はきっと快適になろうと思います。


 

 

人間講座の日


あす「第23回 人間講座」を開催します。講師は安来加納美術館の館長 神英雄さんです。

今朝は「光親会」という お寺改革スタッフの皆さんが 準備に来て下さいます。

7月21日から9月16日まで 安来加納美術館で 童画家 故佐々木恵未さんの作品展が開催されることになりました。

5月のある日 そこで展示する絵を貸してほしいというお話で神さんがお見えになり あれこれとお話ししているとき出講をお願いしました。

そのお話の中に あまり知られていない素晴らしい石見人がおられたというお話しがあり ぜひお聞かせいただきたいと思ったのです。

特別な業績を残された石見人の話ではありません。すぐれた才能を発揮して活躍された石見人の話ではありません。

石見で根を下ろし 石見の太陽や雨に育てられながら 小さな花を咲かせた人がおられたことをお聞かせいただきたいと思ったのです。

そのような方々の暮らしぶりの中に流れていた何か たとえば「土徳」と呼ばれるような「石見の風土」をお聞かせいただこうと思っているのです。

7月15日 午前10時から12時まで 会費は1,000円です。どなたでも歓迎です。

 

 

境内とはなんだろう


お寺の前にあるお庭とか駐車場のような広場のことを 昔から境内と呼んでいます。誰が名付けたものか いつごろからそう呼ばれるようになったのか知りません。

あらためて誰かに聞いたことはないのですが お寺の境界の中という意味だと思います。たしかにお寺の周囲には塀が巡らされ 外と中は明確に分けられていますが 目的ははっきりしていません。

聖域と俗域の区分?盗賊などの侵入防止?それとも?。

その内側の空間は「お庭」なんだろうか それとも好きなように使う「広場」なんだろうか と考え始めました。

都市の住宅街のような場所にあるお寺なら その空間は非日常の貴重な空間として大切にされると思います。あるいは地域の人々の交流の場にもなるはずです。

山野にあって緑豊かな田舎のお寺には あえて静寂や癒やしを求める空間としての働きは期待されているように見えません。

かって子供たちが遊んでいた広場の役目は 校庭とか公園がその役目を引き受けています。お寺にある境内という空間は 明確な存在感がすっかり薄れてしまいました。

通路でもなく駐車場でもなく といって観賞する庭園ともいえない空間を どう呼べばいいか考えているのです。

あれこれ考えているうちに 立派に管理された公共の空間とか私有の空間 あるいは路上ではままならないことが出来る多目的空間という新しい発想が生まれました。たとえば 盆踊りや物売りはもちろん 手軽にBBQが出来る ローラースケートが楽しめるつながる広場です。 

名付けて 「てらっぱ」はいかがでしょうか。 

 

人探し



携帯電話がつながらない人 居場所がわからない人を探すことは難しいものです。

急用があって 独居の男性を探すことになりました。周囲の人から「本人が車の中で寝る」と話しておられたと聞きました。

「道の駅の駐車場を利用して仮眠をすると話しておられることを聞いたことがある」という情報をたよりに 近所の道の駅まで探しに行ってみました。

車種もナンバーもわからないまま 黒い軽自動車でワンボックスという手がかりだけで探すことになりました。

道の駅のお店が開店直後でしたが 駐車している車は20台くらいで その中で黒い軽自動車は4台でした。

運転者の心理を考えながら お店の入口に近い車から 一台ずつ中を覗いて歩きました。

横になっていると思われる人を確認するためには 中を覗かなければなりませんが 車外からは意外に見にくいのです。

しっかり見ようとガラスに頭をつけようとしたとき ハッとしました。「不審者」「車上荒らし」ということばが頭をよぎったのです。

ヒヤヒヤしながら さいわい「何をしてるんだ!」と怒鳴られることもなく 黒い軽のワンボックスカーすべてを確認できました。

人影が見えなかったので店内に入ったら 当人はお食事中でした。やれやれ・・・。

 

 

死刑執行


オウム真理教の幹部7人の死刑が 同時に執行されたというニュースにショックを受けた一人です。

その日 昼ご飯をいただきながらテレビのニュースを見ました。家内は「気分が悪くなった」といって箸を置きました。私はそれほどまで強く悪寒は感じませんでしたが 違和感は感じていました。

その後法務大臣の発表や官房長官のコメントを聞きながら 「このように殺されいく人がいる」と執行までの心境などを想像して 冷たいものを背中に感じたのです。

死刑が認められている法治国家で暮らしていますから 法に従って死刑という殺人が行われることを止めることは出来ません。

しかしいくら法によって許されていることであっても 人間のいのちを奪うという殺人行為に関係する人々には 人間としての良心の呵責のようなものは現れると思っているのです。

死にたくはなかったのではないか。どのような遺言をしていたのだろうか。本人や家族 被害者や執行人の心情などを思うと ことばが見つからない虚脱感があるのです。

以前から 「死刑」という制度を廃止して欲しいと思っているのです。

 

 

集中豪雨


ひどい雨はおさまったようですが 次は猛暑。台風8号の直撃は免れそうですが 復旧には厳しい天候が続きます。

この度の豪雨災害でたくさんのお方がお亡くなりになり まだ安否が確認されていないお方も大勢いらっしゃいます。

テレビ画面を見るたびに 死者の数が増えており心が痛み続けます。

ご遺族の皆さん 行方不明になっておられるご家族や関係者の皆さんの心中をお察しする同時に 早く救出されることを願っています。

私が暮らしている地域でも 裏山の大木が倒れ その枝が屋根を直撃して 一軒の家屋の一部を壊しました。職場の仲間の家が床上浸水の被害を受けていました。

報道の有無や災害規模の大小はありますが 全国で非常事態が発生しています。

災害が発生する旅に 毎回同じことを思い 同じことばを聞いているように思うのですが 現場に立ちますと人間の知識も力も自然の威力の前では弱いものだと知らされます。

この教訓を どのような形で生かすのか。
難しいことですが一人一人が自分のこととして考えなければならないという教訓はつよく残りました。