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過疎四苦八苦
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アーカイブ:2019年

過疎四苦八苦

ゴミ集めは終わりに



かたずけをしていると ずいぶん熱心にゴミ集めをしていたことに気づきます。

ゴミの種類は 本とか書類などの紙が多いのですが それは必要であった情報や記録とか思い出の残骸です。

とくにそのときの衝動や そのとき必要であった資料として手に入れたものは 読み終えたら処分してもよかったはずのものです。

ところが「またいつか必要になる」と思って手元に置いたのが 間違いでした。今ではそれがゴミになっています。

「またいつか」「誰か欲しい人に」そして「もったいない」などという思いは妄想でした。

一年以内に手に取らなかった資料は ほぼすべてゴミとして整理したら 気持ちの中に空間が生まれました。

その空間の中に新しいテーマを入れると いままでの情報が化学反応をおこしてくれるように感じました。

捨てるという行為は 物理的なスペースが広がるということ以上に 化学的な変化を生む行為なのだと知りました。


 

 

マラソン代表決定



東京マラソン代表決定のレースをテレビ観戦しました。仕事の合間を見てときどき見ました。

状況が変わるときも あまり変化がないときもあるのですが 単純に走るだけなのになぜかおもしろいのです。

コースや表情 キャリアなどを伝えるアナウンサーのことば。

解説者が伝える選手の心理状態などを聞きながら 「そうなのか」「そういうものなんだ」と納得したりしながら応援するのです。

団体競技とか格闘技 あるいは短時間で結果が出るスポーツと違い 2時間以上の間ひとり一人の選手の気持ちと共感しながら過ごすことになります。

そんな感覚で見ていると おもしろい選手とか応援したくなる選手からは強い個性が感じられます。

たとえば 紹介される日常生活や練習方法とか走り方などです。

男女4人のオリンピック選手が決定しましたが 僅差でゴールした選手にもチャンスがあるそうなので ぜひ再挑戦してほしいものです。


 

 

素顔のままで



台風15号によって 関東地方に多くの被害がありました。

お世話になっている人がおられる千葉では 大きな被害が出ているようです。

台風上陸後のニュースを聞きながらも その方々へお見舞いのことばをかけることをしませんでした。

「ことばをかけないでおこう」と思ったわけではありません。

「ことばをかけてあげよう」と思いう思いが浮かばず 行動にならなかったのです。

これが他人の痛みに寄り添う気持ちの距離です。あたたかみがない生きざまでした。

喜怒哀楽を共感し ことばがけや行動が生まれるようになりたいと あらためて思いました。

まずは今の自分の素顔を確認しておこうと思い スナップ写真として残しておきます。



 

 

変化



昨日朝出会った男性に 「今夜は中秋の名月が見れそうだね」といったら 「今夜が十五夜ですか ススキは出ていませんね」ということばが返りました。

そういえば 子供のころの観月はススキと芋をお供えしていたことを思い出しました。

あわせて 祖母が「名月を 取ってくれよと 泣く子かな」という句を教えてくれたたことも思い出しました。

ススキの出るカヤが減りました。お芋を作る人も減りました。

月を観る子どもも減りました。

気象や環境など 身近なものが50年ですっかり変わってしまうのです。

昨夜はススキもお芋もありませんでしたが 二人で澄んだお月さまを眺めました。


 

 

愚者、フーリッシュ、あほ・・・・。



「愚者」とか「バカ」 あるいは「フーリッシュ」。こんなことばにひかれるときがけっこう増えています。

ふつうは否定的なことばのはずなのに 私にとってはものすごく肯定的で 「うん いいなあ」とバネになるような感じがします。

人前で馬鹿者とか 無知なやつだといわれても 役立たずとか邪魔者といわれているんではないことを知っています。

けっきょく「愚者」にしても「フーリッシュ」にしても 何かに夢中になって周囲に気づかなかったとか 世間のことを知らないときにいわれることが多いのです。

また世間が本気で相手にしないことを 行っているときもそういわれます。

そんな見方をしていると 「えらい」人になるより バカになって生きる方がおもしろいと感じるようになっているのです。

ステイ フーリッシュ!


 

 

覚悟ができるまで




「どうしたら魅力的な会になるのでしょうか」という相談を受けているひとつの会があります。

その会の目的は 仏教に関心をもってもらおうという会なので お寺と同じ目的の会です。

相談を受けた私は せっかく話し合って立ち上げた会を 次第に先細りさせてきた失敗の体験者です。

相談を受けてから考え続けていて 問題の解決策を見つけたように思っているのですが このたびはすこし時間をかけることにしています。

失敗の体験を無駄にしたくないからです。

何が失敗で どれくらい待つのかというと 解決策をやりきるという覚悟が自分の中にできるまでの時間です。

かならずやりきろうという覚悟をもたないで 見つけたアイデアに飛びついて中座した轍を踏まないようにしたいからです。


といっても勢いが必要ですから それほど長い時間はかからないと思います。

新しく参加する人がない会やお寺が先細りして やがてなくなるのは当然です。

やりくりしながら衰退を続けるか それとも結果はどうなるかわからないが変化を実行するか。

覚悟を問う相談をもらっています。

 

 

敬老会



敬老会に招待されましたが 今年も欠席しました。

地区で開催される敬老会の招待者は 75歳以上の高齢者です。

すでに5年前から招待を受けているのですが 欠席ばかりです。

欠席を続ける自分の心理をのぞいてみたくなって 敬老会当日のお参り先で 「気が進まないのですよ。なぜでしょうかねえ」とたずねてみました。

その家のご主人は 「『自分はまだ元気だ』という見栄があるのではないですか」といわれましたが 確かにそれは少しあります。

そのあたりからしばらく話していたら 「元気だ」という身体的な意味からではなくて まだ現役で働いているという社会的な立場から出ている感情があることに気づきました。

つまり「まだ皆さんから敬われる側に行けない」という社会的なこだわりがあるのです。

会に参加してお祝いを受ける側に座ることは 働くという社会貢献ができなくなったからだという おごりの心理が顔をだすのかもわかりません。

素直にお祝いをしてもらうことができない自分は 人間としてまだ未熟ともいえるようです。


 

 

尊厳死とは



余命を宣告されたご婦人の点滴注射が中止されました。

ご家族全員がお別れにこられ 高齢であるうえ もはや治療することがなくなった状態での判断でした。

ご家族同意のうえで 主治医が判断された中止です。

往診に来られた主治医が 「呼吸が止まったら知らせて下さい」といってお帰りになりました。

それは「尊厳死」という 老衰による死の始まりでした。

そのとき このような人生の終え方が なぜ「尊厳死」と呼ばれのかわかりました。

それは意志をもって延命などを判断することなく すべてをご本人の「いのち」にお任せすることでした。

思った通り おだやかな終焉を見守ることになりました。


 

 

余命2日



96歳になられたご婦人がいらっしゃいます。

三日前に 主治医の先生が「土曜日か日曜日くらいでしょうか」と余命を告げられたそうです。

そのお話を聞いたので 施設のお部屋に行きました。

ベットに横たわり 苦しそうに呼吸をしながらしきりに足を動かしておられました。

「しんどそうだなあ」と思いながら ご家族とお話ししながら様子を見ているばかりでした。

すっかりやせ頬は落ち込んでいましたが 以前の面影は少し残っていて その変化に老いの現実を見せてもらっていました。

しばらく横に立っているとき ふと「人が死ぬとはこういうことなのか」と思っていました。

現実を一切引き受けながら それにつれて今までの喜怒哀楽が消えていくという姿です。

やせた肉体のほかには何も残らない。

これが死ぬということなのだという不思議な感覚でした。

主治医の医師の宣告通り 昨夜午後11時過ぎ ご家族に見守られながら亡くなられました。

なむあみだぶつ。


 

 

浮動票



糸井重里さんが 緩いつながりのことを「浮動票」といっておられましたね。

とっさに思いつかれたことばではなく いつも使っておられることばのように感じました。

宗教心があっても 宗教がない人のような人に当てはまると思いながら読んでいました。

初詣やお墓参りをされる人 あるいはお通夜などにお参りの人には そういう人が多いのではないかと思います。

そうしないと 「なんとなく済まない」とか「何かいいことがあるだろう」という漠然とした感じが宗教心。

宗教は 一つの教えから自分の居場所に気づくこと。

そんな考えをしてみたら 浮動票が人生を支え動かすような力になるには 近くて遠い距離があることに気づきます。