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アーカイブ:2019年
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11月

過疎四苦八苦

あたらしい我流



毎月おもてなしの料理をつくります。

4人のスタッフが集まり 季節の食材や地元の食材を中心に料理を考えます。

食べてくださる人たちの年齢とか 家族の有無も参考にしています。

スタッフの4人は 一家の主婦としてそれぞれの家庭で調理をしていますから 調理のベテランといってもいいと思います。

その料理つくりの参考にと 今年の夏から『今日の料理』というテキストを見ようということになりました。

さっそく実行して出来上がった料理をいただくと 今までとは違った料理のおもてなしになってきました。

ベテランの味に一味が加わったのです。

味付け盛り付けに一味が加わるだけで ずいぶん変わることを実感しました。

我流から脱皮して あたらしい我流ができるのだと感じました。


 

 

サービス



昨日のお客様が セブンイレブンのお店でコーヒーを二つ買われました。

毎月一回このお店でコーヒーを買われるお方で コーヒー1杯でスタンプ一つ押してもらうスタンプカードをもっておられたようです。

スタンプが10個になるとコーヒー1杯はサービスになるのですが 昨日は空欄が3つあったそうです。

ところが顔見知りになった経営者らしいご婦人が さっとスタンプを3つ押して一杯はサービスにしてくださったそうです。

「気持ちがいいものですね」と その接客態度の感想を話されました。

その話題を プロ野球の試合で外野手が大きなフライをキャッチしたとき そのボールを観客席に投げ入れるシーンに重ねました。

ボールの代金は個人負担になるのか それとも球団負担なのかわかりませんが ファンはよろこびます。

このような判断は 規則で決められているのか それとも自己判断なのかわかりませんが 顧客サービスの原点にあると思うのです。


 

 

てっぺんから



てっぺんから木の葉が散り始めています。

お魚は頭から腐るという話を聞いたことがあります。人間の頭もてっぺんから禿げます。

経済とか政治組織も やはり同じようにトップの慢心とかゆるみから衰えが始まります。

てっぺんから衰えが始まることはすべてにいえることなのでしょう。

その衰えが目に見えると改革ができるのですが 気づく人がいないために手遅れになってしまわないようにしなければなりません。

経済のことは数字に現れますから 衰えに早く気づきます。ところが政治の場合はなかなか見抜くことができないようです。

「桜を見る会」への招待者が増加したり 私たちの税金が反社会の人の招待に使われるという現象は 慢心以外の何物でもありません。

政治の腐敗がしずかに始まっているように感じています。

落ち葉を掃きながらふっと感じたことです。


 

 

公演中止



矢沢永吉さんの浜松公演が中止になったそうです。

その理由は喉の不調だといいます。

かねてより 歌手の人たちの体調管理とくに喉の管理には敬服していました。

矢沢永吉さんのような絶叫調のロックシンガーは とくに気を配っておられたと思っていたのです。

数時間の読経が何日か続くと 声がしゃがれる自分の管理の甘さを思わされていたものです。

その見本のような矢沢さんの突然の休演に驚くと同時に スーパースターといえども生身の人であることを再確認しました。

新しいアルバム「いつか、その日がくる日まで」を発売して 区切りがついた虚脱感があったのでしょうか。

回復されて 次のコメントに興味があります。

 

 

かわる



お坊さんが座談しておられるとき、「いったん診察を受け始めたら その病院をかわることは難しい」という話が出ていました。

そのとき一人のお坊さんが 「お寺も同じでしょう」といわれました。

病院の場合にはセカンドオピニオンという制度がありますが お寺にはそれはないのです。

自分が納得できるお話を聞くことができなくても 別のお寺へお話を聞きにいかれたということを耳にしたことはありません。

それは信頼関係が深いからとか それともご先祖とのつながりを考えてのこととも思えません。

おそらくお寺に対して 期待がないからだと思うのです。


 

 

始めはゆっくり



行事の二日目です。

昨日の行事で 25分の時間をかけて話した布教改革の第三の矢である「死に方研究会」再開の反応を報告します。

結論から言うと 積極的な賛成も批判も出ず すこし意気込んでいた気分は空振りでした。

いや 数人の賛同者の反応も見えましたので わずかにかすったファウルチップ程度といったほうが正確でしょう。

拍子抜けとか悔しさを感じてはいませんが 独りよがりになってはいけないと自覚させられました。

折あるごとに案内を続け 「それって 面白そう」とか「えっ 私はどうだろう?」と感じていただこうと思っています。


 

 

変えてみます



今日と明日 報恩講というお寺の行事をします。

浄土真宗のお寺が一番大切にしてきた行事です。

その精神を残しながら 少し変えることに挑戦しようと思っています。

日程の中に 「人生を考える時間」というタイトルで20分くらいの時間をはさもうとしています。

その時間は 2回ある読経を1回にして それを充当しようと思っています。

ねらいは 真正面から仏教のお話をしてきた行事の中に すこし柔らかく楽しい角度で仏教に触れてもらおうと思っているのです。

リニューアルを考えている「死に方研究」の宣伝でもあります。

さて今日の行事がどのように受け止められるか 少し怖さもありますが 注意深く反応を見たいと思います。

様子は明日するつもり。


 

 

時間の流れかた



東京から研修のため 江津市にこられた企業の幹部候補生の人たちとお話ししました。

その中のお一人から 「田舎と都会の違いをどのように感じておられますか?」という質問を受けました。

「時間がゆるやかに流れていますので 自分のペースで仕事ができることです」と理事長が答えていました。私も同感でした。

1日は都会も田舎も24時間ですが 方針が明確で他との競争を意識しなければ自分のペースで働けます。

研修生の皆さんも 「昨夜の温泉旅館で泊まってそれを感じていました」と話されました。

かって組織の歯車ということばがありましたが 歯車であればマイペースとはいきません。

歯車といえば流れ作業を想像しますが 頭脳労働者も同じようになっているようです。

個人と全体のバランスで 個人のペースに合わせて競争することはできないのでしょうか。

それを考えることが働き方改革と思うのです。

 

 

幹部研修

昨日 大手企業の幹部候補生たち6名が 研修のためにこられました。

私たちの町の課題を聞いて その課題解決のために企業としてどういうかかわりができるかという提案をまとめる研修だそうです。

町から出された課題は 医院の継承問題とか空家対策といった身近なものでした。

2日間で市内の実態を把握しようとされているのですが これはなかなかぼ難題に思えました。

福祉事業を継承してくれた息子といっしょにお話をしました。

参加者の想像力も試される研修だと感じて できるだけ具体的な事例をお話しして なぜこの現実になったのか このままでは将来どうなるのかを掴んでいただこうと思いました。

2時間ほどのインタビューでしたが 生活現場の視察時間が少ない計画のようで はたして深く踏みこめるだろうかと思います。

インタビューの中で 「この地で暮らす魅力は何ですか?」とたずねられました。

息子が「時間がゆるやかに流れ 自分のペースで働けることです」と答えましたが まったくその通りです。

世の中の流れの速さと違うことは 競争するという意識の差なのです。


 

 

待機



3人の知人が がん治療開始を待っています。

病院の都合とか 医師の都合によって治療開始が調整されているらしいのです。

ということは 治療が複雑になることとか専門医や器具が十分でないということだろうと思っています。

お一人は肺ガン 二人は前立腺ガンといわれているそうです。発見されてからすでに2週間から1と月近くなりますが 治療が始まりません。

この待機時間は ご本人にとってとても不安な時間だろうと心中を推察しています。

どのような終わり方であっても 人間は死を待機していることは同じですが 「ガン告知」の待機とは大きな違いを感じます。

「まだ大丈夫」という思いで 実感できないことが主な原因です。

それを感じていただくことは これからの人生に大きな意味があると思うのですが まだお伝えすることばや手段が見つかりません。