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アーカイブ:過疎四苦八苦

過疎四苦八苦

小学生のプロ棋士が誕生しました



小学4年生の女の子が プロ棋士になったというニュースがありました。何でも3歳から囲碁を習い始めたと聞きました。

お父さんは9段という実力派のプロ棋士だそうで 親子でプロ棋士になられたわけです。

子どもが親の歩いた道に入る例はたくさんあります。

お坊さんだって親の跡を継いで 子どもがお坊さんになる例をみることは珍しいことではありません。

世の中には 資格が必要な仕事もあれば 無審査無資格で後継者になれる職業はたくさんあります。

そうではありますがほぼすべての仕事には その仕事を継いだ後に資格審査が待っているようです。

地位を継承し あるいは資格を手に入れたあと 多くの他人によって厳しい審査が始まるのです。

そう考えたら 資格取得や後継者としての就任は通過点で これからが本番と覚悟することが必要なのです。

彼女には ぜひ素晴らしい棋士に成長してもらいたいと思います。


 

 

コインランドリービジネス



お正月の2日間 そのうちの何回かは洗濯物の乾燥にコインランドリーを利用しました。

息子家族の洗濯物もあって 相当量の洗濯物を乾燥するために利用して その便利さを話してくれました。

説明を聞いて便利さを理解することが出来ましたが 人目をはばからずに干す場所が十分にある我が家では 頻繁に利用することはないだろうと思います。

ただ大きな布団などの丸洗いと 早く乾燥したいときには 利用して見ようと話しています。

そのコインランドリーのお店を 市内の所々に見かけていましたが めったに利用している人影を見かけませんでした。

人件費が要らないビジネスなので 倒産はないでしょうが 事業にはなりにくいのではないかと 人ごとながら心配したくなっていました。

繁忙時間帯や日によっては 時間待ちということもあるそうなので 私の思い過ごしであったのかもわかりません。

衣類などの素材が変わり 住居の様式や大気の汚れなど 生活環境の変化にあわせてライフスタイルを変えなければならなくなっています。何を変え何を変えないか その選択も高齢化の課題です。


 

 

縦糸と横糸



人間の一生を考えながら どんな人でも縦糸と横糸をつかって一枚の布を織っているようなものかも知れないと思ったのです。

その布に画かれた模様が その人の人生であったという見方ができると思ったのです。

縦糸はひとつのことに関わって紡いできた糸であり 横糸は周囲と広くおつきあいをして紡いだ糸になるわけです。

農業一筋で糸を紡いだ人は 天候のことや作物の生育と向き合いながら縦糸の色づけを主にしておられると思います。

あるいは事業経営をして糸を紡がれた人は 社会の変化とか人間関係に気配りをしながら横糸の色づけを重要視されていると思います。

縦横の色づけ濃度のバランスは違っても 人間は一生涯同時進行で布を織っているのです。

もし布に描きたい絵があるとしたら そのためには縦横の一方ではなく 双方のバランスを考えなければ望んだ絵にはならないはずです。

自分が糸を紡いで織る布ですから 好きなことに熱中して縦糸の色づけが強い個性的な絵でいいのですが 縁の広がりを大切にして横糸の色づけをしなければ おもしろい人生の布はできないと思います。


 

 

現場を大切にする



今年は年賀のお客さんも少なかったので 箱根駅伝の中継などを観戦しながらくつろぐことが出来ました。

ぼんやりとした時間を過ごしながらも 頭の中にはいろいろなことが浮かびました。

その内容には やはりこれからのお寺のことが多くなっていますが 頭の中で解決することではありません。

現場で人と話し 人の意見を聞き あるいは反応を確かめながら道を探さなければならないようです。

約束してお参りした現場で 「お坊さんを呼んでこの行事をする目的は何か」という理解が同じであることは大切です。

訪問したときのごあいさつで まず今日の目的を一言でお話しすることを習慣づけようと思います。

そしていっしょに聖典を読んでくださるお方に「なぜこの聖典を読むのか」とお話しすることにしました。

原点に帰って ひとつひとつの現場を大切に いただいた機会をムダにしないようにしたいと思います。


 

 

おせち料理が終わりました



昨日の夕食で「おせち料理」をほほ食べ終わりました。

あとは家内が煮てくれた黒豆と いただいたカンパチのお刺身とあら煮。これは楽しみながら あと数日いただきます。

3日間ご馳走を食べていたら 漬物や豆腐のようなあっさりしたものが欲しくなるもので 昨夜から少しいただいています。

高齢になると嗜好も変わりますが 食べ物への興味も薄れてくるように感じます。

その代わり自分のしたいことに 時間もお金も使いたくなっています。

いまなら これからのお寺の運営や仏教の伝え方の研究。そして高齢化しながら身心が充実する生き方。

その思いがつのることもあって 何を食べてもありがたく感謝です。

 

 

新年早々に恐ろしいニュースです



新年早々 原宿で車の暴走によって9人がはねられたというニュースがありました。いまの世では小さな出来事ですが なぜか考えさせられました。

逮捕された運転者は 何かにむしゃくしゃしていたらしい21歳の若者で 19歳の若者が意識不明の状態というニュースでした。

動機はまだはっきりしていないようですが 暴走した若者の心の中に何が起こっていたのでしょうか。

耐えられないほどの腹立ちがあった。それを発散させることが出来ない環境で暮らしていた。あるいは 耐えられなくなったとき起こす行動への躾や制約がなかった。あるいは・・・・と思いを巡らせながら 自分に何が出来るだろうかとぼんやり考えていました。

そして数秒もしないうちに 「何か出来ることがあるのではないか」と思い上がっている自分に気づいていました。

このような痛ましい出来事を止めることなど 私に出来ることはありません。解説めいたことを話すことは出来ますが 防止する確かな手立てはないのです。

思い上がった上から目線に気づき 周囲にある日常の一つ一つのことに対し丁寧に関わることが大切でした。

そしてその姿勢を発信する積極さが求められていると気づきました。


 

 

石見智翠館高校がラグビーで健闘しました



石見智翠館高校は島根県の石見部にある私立高等学校です。

過疎化が進む島根県 その中でも特に過疎化が激しい石見地方の江津市にある学校です。

関西地方や広島県などからの留学生の比率が高いのですが 地元からも優秀な学生はたくさん学んでいます。

野球やラグビー あるいは女子ラグビーなどのスポーツ面での活躍もありますが 吹奏楽など文化面でも 相当レベルの高い活躍をしている学校です。ラグビー好きの私にとって ラガーマンたちの活躍は誇らしく思います。

ひごろの練習をみたり試合の応援に出かけることは出来ないのですが 毎年夏に行われる市民パレードで 彼らのユニフォーム姿を間近に見ながらエールを送っているのです。

今年の花園ではベスト16まで進みましたが 3回戦で優勝候補筆頭の神奈川の桐蔭学園に破れました。

監督が「チャレンジするだけで終わりたくない 最大の下克上をやってみたい」と話されたそうで期待していましたが 残念でした。

同じ年齢の高校生同士の戦いですから 練習によって出た結果以外の出来事ではありません。

「練習」は裏切らないことを知っている子供たちから 元気をいただきました。


 

 

新年のご挨拶



新年のご挨拶を申し上げます。今年もよろしくお願いいたします。

年賀状のご挨拶文は「愛楽仏法味 禅三昧為食」(あいぎょうぶっぽうみ ぜんざんまいいじき)という 印度の菩薩様のおことばを使わせていただきました。

その添え書きのように「昨年 珍しいメニューがあるレストランを見つけました」「今年もやさしく つよくおもしろく 暮らします」とご挨拶いたしました。

珍しいメニューがあるレストランとはお寺のことです。

お寺は 仏法の味が楽しめるレストランという思いで書きました。

かって「おいしい生活」という糸井重里さんのコピーがありましたが お寺に来て「おいしい生活」を実現して欲しいという思いでご挨拶をしました。
 

 

 

いろいろあっても一年が終わります


年賀状を購入したのは 28日の夕方でした。

郵便局から「今日で窓口の仕事を終えます 年内に年賀状が必要なら5時までにお越しください」という電話をいただき あわてて買って来ました。

早々におおよその必要数を伝えてありましたから 年内に必要なら今日までです というご親切な電話でした。

年賀状が売り出される時期には 「終活」の一つとして年賀状交換を止める人が増えている話が聞こえていました。メールでの年賀の増加や 年号の改定なども話題になっていました。

私は3年前 同じことを考えたのですが 思い直して賀状の交換を続けようと思っていました。ところがふたたび「さて どうしようか」と迷い始めていたのです。

というわけで気の利いたあいさつのことばを思案することもありませんでしたので 決断遅れの悪影響を引きずりながら除夜の鐘を撞きます。


優柔不断な人間に 一年間お付きあいいただき ありがとうございました。


 

 

ゆず湯を楽しんでいます



「今年我が家の柚子は豊作でした」 といって柚子をたくさんもってきて下さいました。

家内は「柚餅子」もどきをつくるといいますが つくったとしても量はわずかなものです。そこでまずゆず湯を始めました。

お風呂の中に大量の柚子を浮かべ 温かいお湯の中に脚を伸ばす瞬間から 至福の時間が始まります。

湯気の匂いに混じって拡がる香りを楽しみながら あちらこちらの畑の端に柚子の木が植えてある 田舎の暮らしを話題にするのです。

今年も一年間 過疎化が進む地域で暮らしながら 過疎の楽しさを体験し発信してきました。

ブログを書きながら あえて過疎地の楽しさを探し出して紹介する行為は コンプレックスを抱えているのだろうかと自問したこともありました。

そう受け取られてもしかたがありませんが 私は過疎地の人々と一緒になって楽しみ方を見つけ 一緒に楽しめたら十分なのです。


過疎過密という現象の中で暮らすのではなく どこで暮らしていても その地そのときとどのように向き合うかが大切だと思っているのです。