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アーカイブ:過疎四苦八苦

過疎四苦八苦

修学旅行



京都には修学旅行生がたくさん来ていました。

中学生や高校生らしき生徒さんが 6人から10人くらいのグループで歩いている場面に 何度も出くわしました。

本願寺や錦市場で タクシーの運転手さんらしい制服の人と一緒に歩いているので 一目でそれとわかりました。

修学旅行といえば 座学で学んだことを現地に行って確認することが目的と思いますが いい勉強をしていると思います。

国宝になっている建築技術力や存続する力 あるいは世界から旅行者がやってくる経済の動き。過去と現在の都市計画や政策のことなどを学んでいると思いました。

京都は古都といわれますが 街並みとか生活には新しい文化が次々に取り入れられて 奇妙な一体感が生まれつつあります。

スロープがついたお寺 串に刺したお刺身やお好みのお魚を目の前で盛り合わせ立食いさせる市場の魚屋。

人の集まりは 古くても大切にしなければならないものを残し 新しいモノには大胆に挑戦することによって生まれるようです。

  

 

今日は錦市場を見物します



昨日から20人で京都に来ています。

本願寺のお掃除の奉仕にやってきたのです。

正午に終了後 みんなで錦市場を見物する予定ですがそれが楽しみです。

わざわざ京都まで来て市場に行かなくても 地元にも市場はありますが 目的は買い物だけではありません。

地元の市場でも売られているものを 京都のお店はどのように工夫をして売ろうとしているのか見るのです。

味付けの違いは食べ歩きをして確かめます。売り方の工夫は 人だかりや何をお土産に買ったのかで判断します。

去年の暮れに行って少し雰囲気と情報を仕入れましたが そのころからどのように変わっているか それは私の楽しみです。

皆さんのも上手に見物してもらえるように 資料を整えてやってきました。



 

 

自分流の音の楽しみ



中学生になったとき「音楽室」という教室が建築されました。

音大を卒業したばかりの先生が赴任され ピアノが上手な男性の先生でした。

歌うことが苦手であったこともあるのですが 教え方も専門的で楽しい時間であったという記憶はありません。

試験問題に出るからといって ベートーベンや滝廉太郎さん方の年譜や作曲名を覚えました。

また五線譜や記号も覚えましたが これはお坊さんになったときお経の練習に役立ちました。

歌ったり聞いたりする楽しみよりも 覚えることが記憶に残っているのです。

楽器に触れることもなかったので 音楽に近づく機会は多くはありませんでした。

そのころのラジオの電波は不十分で雑音が多く おりおりに放送劇や浪曲を聞く程度でした。

そのような音楽と触れる環境を経て なぜかいまは 気分に合わせてクラッシックと演歌を楽しんでいます。


 

 

人生観を変えて成長する石見麦酒



「石見麦酒」という 地ビールとビールつくりの設備を販売する会社があります。

その会社の工場長のお話を聞きました。

最初お目にかかって これまでのキャリアをお聞きしたとき 何かひきつけられるものを感じていました。

そういうわけで 昨日開催したお寺の門徒総会でお話を聞かせていただくことにしたのです。

お話は 苦労して開発した製造法だから 特許などで保護して儲けようと思ったことは誤りだったというお話からおもしろくなりました。

そしてそれ以後はすべてをオープンして 新しい出会いと新しい考え方ができるようになったとお聞かせいただきました。

その証拠の一つは 「石見」という文字を正確に読んでくださる人が増えたことと話されましたが うなずけました。

この人が開発してオープンにしているビールの工法は 「石見方式」と命名されてネット上で飛び交うようになったのだそうです。

簡単で安いビールの作り方と検索したら 「石見方式」が紹介されるようになったらしいのです。

人生観が大きくて深い人のお話はおもしろいです。


 

 

原木しいたけ



マーケットを歩いていたら「原木しいたけ」という袋が並んでいるのを目にしました。

その近くには「菌床しいたけ」と書かれた袋がありました。

原木しいたけというのは クヌギやクリの木でつくった「ほだき」に 椎茸の菌を打ち込み「ほだ場」で育てたしいたけのことです。

菌床しいたけは 「おが屑」などでつくった床で 椎茸菌を育てたしいたけです。

どちらがおいしいのか食べ比べたことがないのでわかりませんが 管理の手間がかかり 木に生えるしいたけの方が美味しいと思いたくなるのです。

とはいえ おが屑といっても木でつくったものなので 味には大きな違いはないはずです。

温度と湿気の管理を人間の力で行い 同じ味のしいたけが大量に収穫できるので 管理を大気に任せる原木しいたけを応援したくなっているのかもしれません。

 

 

新聞の読み方



新聞の読み方について ヒントをいただきました。

元大阪市長の橋下徹さんの『実行力』という本を読んでいて教えていただいたのです。

橋下さんは 毎日5紙に目を通されるそうですが 私は2紙です。

山陰中央新報からは身近な出来事や 動きを知ります。もう1紙の日経新聞からは 経済から見た世界の動向を掴むようにしています。

丹念に読むこともありますが 大体は大きな見出しを見るくらいな感じです。主に世の中の流れを知る目的だけでした。

これからは新聞に報道された出来事から人生の課題を見つけ それについて自分ならどうするかという考えをまとめる訓練をすることにしました。

たとえば最近意図的に取り上げられている「高齢者による自動車事故」や「児童虐待死事件」などです。

「誰かが何かの対策をするだろう」「行政の問題だ」として読み飛ばさないで 「なぜこのようなことが生じるのか」「自分に出来ることはないか」と考えるのです。

そんな読み方を始めていますが 元農林水産省次官が息子さんを殺害したという事件についての考えはまとまりません。

とても深くて重い課題です。


 

 

手入れのたのしみ



梅雨入りを前にして 二日前から境内の庭木の刈り込みが始まっています。

松やツツジ 山法師や藤棚など手間が掛かる仕事をしていただいています。

父親が元気だったころ この仕事は父親の仕事でした。

好きでもあったようですが 数日間梯子に登って作業をしていたことを思い出します。

一度だけ「将来のために憶えておくといい」といわれましたが 「そのうち」といって手伝いはしませんでした。

今ごろになって 植木や花の手入れのおもしろさを感じるようになってきましたが すこし遅かったようです。

父親が出来なくなってからは すべて庭師さんにお願いしてきました。プロにおまかせしておくと安心でしたが おもしろさはありませんでした。

手間を掛け工夫したように植木や花が育ち 見る人によろこんでいただけますが そのよろこびは庭師さんのもの。

父親がときどきお客さんと一緒に 庭を眺めながら縁側で話していたのは よろこびを分かち合っていたのだと気づいています。

 

 

今年もビワをシェアーします



川沿いに広がる肥沃な畑があります。

そのところどころにビワの木があり たわわに実って色づいていましたが 袋掛けしてある木は一本もありませんでした。

人間が収穫しなければ  完熟したころにはカラスや猿などがやってくることでしょう。

我が家のビワも周囲の家のビワも豊作で 次第に色が濃くなってきました。

手の届くところの実は採りますが 高いところまで登ることはできませんので 高い場所が得意な鳥獣とシェアーします。

これも過疎地ならではの棲み分けですが 鳥獣が棲み分けを理解してくれているとは思えません。

衣食住については 私たち人間側で上手な棲み分け方を考えなければならないのです。


 

 

いのちがけで手に入れる筍



「根曲がり竹」という竹の筍をいただきました。

産地の人は クマに襲われることも覚悟して山に出かけて採るそうです。

そういえばそんなニュースを何度か聞いたことがありました。

そのニュースを聞きながら よほど美味しいものなんだという思いをもって いつか食べたいと思っていたのです。

その筍をいただいたのですが 産地は東北ではありません。

ときどきお目にかかる山菜採りの名人の話では 鳥取県の大山にも生えるところがあるのだそうです。

「焼いて食べてください」という野趣いっぱいの食べ方までアドバイスをいただきました。

さっそくクマと取り合いするくらい美味しいという筍をいただきます。


 

 

泥臭い働き



いろいろな働きを見ていたら どんな仕事も「泥臭く」行われていると思えてきました。

そして仕事は泥臭いものだと腑に落ちました。

一次産業やものづくりの仕事では ストレートに泥臭さを見ることができます。

ハイテクを用いた仕事とかファッション産業でも 表面には見えなくても その裏では泥臭いことが行われているのです。

パソコンなどを使って その働き方をスマートにする仕掛けはありますが 一つ一つの行動を観察するとやはり泥や汗の匂いがしています。

何かを完成し実現するまでの間には 何度もやり直しや行ったり来たり あるいは失敗を重ねます。

その間の行動をスマートにしようと手抜きをしたら 決していい結果にはならないと思えてきました。

「何事にも泥臭く」という働き方こそ大切です。