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過疎四苦八苦

過疎四苦八苦

頭髪


頭髪の役目は 頭を保護するためであることに気づきました。

50歳になる頃から頭髪が減り始め 今では全盛期の2~3%くらいになっています。その髪を 約10日ごとの間隔で お風呂に入ったとき自分で散髪しています。

今年はハエもカも少なくて 頭に止まるハエやカを払うことが少なかったのですが 散髪したあとでは ハエやカが止まる感覚がしっかりわかり 何度も追い払っていたように思います。

ところが散髪して10日過ぎたころには ハエが頭に止まる感覚はあるのですが 追い払いたくなるようなうるささはなくなっているのです。

「あっ 来たな」と思っても手を挙げて追うことをしないでいたとき 「頭髪は頭の保護のためにあるのだ」と気づいたのです。

ものが落下したときの保護 暑さ寒さから皮膚を保護すること 害虫などから守る役目を果たしていたのです。

頭髪に代わるものは帽子でしょうが 四六時中帽子をかぶっていることは出来ません。

いま頭髪がある方はどうぞ大事になさって下さい。

 

 

不審郵便物



私が差し出したハガキが不審郵便物になっていました。発信者の名前を書き忘れたための出来事です。

そのハガキの内容は 「今年は初盆になりますから 8月14日の午後2時ごろにお参りに伺います」というお知らせでした。

その家の息子さん宛に出したのですが 読んだ高齢のお母さんが 差出人がないハガキを見て不審に思われたようです。

「もっともらしいハガキを出しておいて この日にやって来るのは 悪質セールスのような怪しい者に違いない」と思われたのです。

翌日お参りに行って 帰り際にそのハガキを見せられました。どこを読んでも私が差し出したという文字がなく 受け取る人によっては このような受け取り方が出来るのだとあらためて気づいてお詫びを申しました。

私の思い込みと 文面の再確認を怠ったことが原因です。

他にもそのような受け取り方をなさったお方があったかと思うと 申し訳ないことで 自分の不注意を恥ずかしく思いました。

 

 

盆の終わり


今日でお盆が終わります。企業の夏休みも峠を越え Uターンラッシュも間もなく終わります。

しばらくの休暇を取って養った英気を 涼しくなる年度の後半に発揮したいものです。

夏休みとか休暇というと 仕事をしないで遊ぶ時間というイメージがあります.。いろいろな休み方があったと思いますが 実態はどんな内容の休暇になったのでしょうか。

生産に関わる行動を止めることで ストレス解消や体力気力の回復が出来た人もあったでしょう。日ごろ出来ていなかった家族サービスで 疲れた人も少なからずあったと思います。

休暇を取って遊んだからといって 考え方を新しくしたり習慣を変えるようなことがおこることはないかもわかりません。

ところが 人間の脳は 昼間集めた膨大な情報を 睡眠中に整理していることがわかっているそうです。時間に追われ睡眠を削るように仕事をしていた人にとっては この休暇中はゆっくり睡眠を取るチャンスであったと思います。

お盆を中心にした休暇中の恒例行事 お墓参りや里帰り そして十分に睡眠を取るという条件を揃えた人は 日ごろの行動や人生を振り返るすばらしい休暇になったと思います。

どうでしたか。

 

 

犬の話題(続き)



高齢化地域になるとともに 犬を飼うお宅が減って来るように感じます。

最近3軒のお家で犬がいなくなっていることに気づきました。

トラックの運転手さんで 長距離への出張が増え 犬を飼えなくなったという独身男性の家 老夫婦になって散歩に支障が出るようになったといわれたお宅。

老化した2匹の犬の最期を看取って かわいそうになって「もう飼うことは止めました」という家庭。

犬や猫は 高齢化して孤独を癒やす人にとって ペットになっていると思っていたのですが お世話が出来る体力がないと飼えなくなるという話です。

ちかごろは ペットのロボットが出現していますが はたしてペットになるだろうかと疑問です。餌を食べてくれる満足感 仕えてくれるよろこびなど 反応してくれる仕草があってこそペットではないかと思うのです。

空腹を感じないロボットペットに餌を与え よろこびを感じないロボットが尾を振ってくれても満足感はないと思います。

飼い犬が減っている様子はありますが 野良犬が増えているとは感じませんので 皆さんは看取られているのだと思っています。

 

 

犬に吠えらる



犬に吠えられる人と 吠えられない人がいるという話を聞いたことがありますが本当でしょうか。

吠えられる人は 犬が嫌いな人で  犬はそれを察知して吠えるという話なのです。私は犬が嫌いではありませんが 犬から嫌われているのかと感じる出来事がありました。

昨日お参りに行った家で 部屋に入った途端に部屋のケージに入れられていた犬に大きな声で吠えられました。入ったと同時だったので大変驚きました。

小さな犬なのに声と勢いは大変なもので しばらく吠え立てられていました。家の人が別な部屋に連れて行ってやっと静かになりましたが 騒動が終わるまでしばらくはあいさつが出来ませんでした。

吠えられる人は嫌われている人と聞いていると 吠え立てられたらいい気分ではありません。

人間なら相手を見て反応するのですが 犬には相手の悪意の有無を察知する能力がないのではないかと思います。


 

 

猛暑なのに断水がない不思議


連日の猛暑で 「暑い 暑い」ということばが続きます。

その暑さのために 野菜が出来ない 蚊やハエがいないという話題も珍しくなくなりました。

ところが こんなに暑さが続くのに断水の話題は聞きません。「田んぼの水が心配」という声も聞きません。

庭で育てているアサガオや山野草にも節水を考えることなく水を撒いています。

日照りが続き雨が降らなくても 草木が枯れないほど大地は貯水しているのでしょうか。

大地の保水は 降雪によるものだと聞いていますが 冬に大雪が続いた記憶はありません。今までの経験では理解できない不思議な現象だと思っているのです。

 

 

口元を見る

お参り先では必ずといっていいほど お茶が出ます。お茶と一緒に 上等なお菓子が出されることも珍しくありません。

お菓子には手をつけないことが多いのですが お茶は必ずいただきます。

お参り先に 夏休みになった子供たちが遊びに来ていて一緒にお参りすることが増えました。その子供たちにとって お坊さんという人は珍しい人に見えるらしく 「ごめんください お参りにきました」という声を聞くと真っ先に出迎えてくれます。

一通りあいさつを終え お茶をいただくときになると 私の様子をしっかり見てくれるのです。珍しい動物がやって来てお茶を飲む動作を 興味深く観察しているのです。

若かったころは 注目される中でお茶やお菓子をいただくことはとても勇気が必要なことでしたが 今はしっかり見てもらおうという思いに変わっています。

きちんと正座して姿勢を正し 湯飲みの蓋をていねいに開け 右手で湯飲みを持ち左手の手のひらで湯飲みを支えるようにして ゆっくりお茶をいただきます。

一口飲み終えたあと じ~っと注目している子供たちの顔を見ながら 「ああ 美味しい」と ゆっくりいいます。そのとき子供たちは見ていたことを恥じるように笑いますが 一つの作法として見習ってくれたらと思っているのです。

昨日は 「きんつば」が二つに切って銘々皿につけてありました。食後のことでもあったので 「今日はお菓子は失礼します」おことわりして 子供たちに「これはきんつばといって日本の銘菓だよ 皆さんでどうぞ」といったら取り合いになってしましました。

「分けて食べなければ腹が痛くなるお菓子だからね」といったら 小さくわって分けていました。


 

 

もぐら


野菜をつくっておられるお方に出来具合をたずねますと ほぼ全員が鳥獣の被害を話されます。

イノシシをはじめ サルとかヌートリア そしてカラスなどに野菜を食べられてしまうのです。

被害を防止するために金網を張り ネットをかける対策をされるのですが 油断しているとかいくぐって侵入しているそうです。我が家はスモモやいちじくを すべてといっていいほどカラスに盗られました。

野菜はつくっていませんが 庭いっぱいにバラをはじめ山野草を育てています。

食べ物ではありませんから イノシシもサルも そしてカラスも来ません。ところがモグラがやって来るのです。

花を育てるために土壌を改良して しっかり肥料を入れると畑の土は最適なミミズの暮らし場所になります。

それを狙ってモグラが坑道を掘りながら侵入し たちまち花の根っこを浮かして枯らしてしまいます。風車を回して土を震動させて脅したり 唐辛子入りの薬を入れたりしましたが 効果はありません。

坑道を見つけたら踏んでつぶすだけですが モグラ叩きのゲームのようなもので勝てません。 
 

 

通知表


孫の通知表をお仏壇にお供えしました。

私のときもそうされていたのですが 通知表をもらうたびにしているこの行為は我が家の伝統です。

なぜそうするのか そうしなければいけないのか深く考えたことはありません。

一学期を無事に成長させていただいたことに対して 仏さまに感謝して報告することだと 漠然と理解して行動しています。

それは無意味な行為にも思えますが 一つの宗教心の形として大切にしたいと思っています。

その通知表の表示を見ながら 評価の欄がいくつあるか数えてみました。学年が上がるごとに増えてはいましたが31項から33項でした。

一人あたり33項で一クラス30人としたら 約1000の項目に「大変よい」「よい」「がんばろう」と判定して丸印をつけることになります。

ぼんやり眺めながら 先生がどんな思いで丸印をつけられたのだろうかと想像していました。

 

 

建物が人を育てる


かってイギリスの首相であったウインストン・チャーチルさんが 「われわれは建物をつくりあげる 次はその建物が人間をつくる」という意味のことをいわれたそうです。

チャーチルさんがいわれる建物とは 国家社会を意味していると思います。また環境が人をつくるともいいますから環境であるともいえます。

それを実証する逸話としては 「孟母三遷」のような話も聞いたことがあります。

チャーチルさんの話は 隈研吾さんという建築家の話の中で知りました。

隈研吾さんが 「負ける建築」という考えを主張され 建物はその地域環境とか土地に合わせてつくりあげるものであり その建物によって人が育てられるということを話しておられました。

お寺は地域の人々の願いに負け 制約に負けて造られたものでしょう。

そして人々はそのお寺によって 人間として育てられていたと理解できると思います。