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過疎四苦八苦

過疎四苦八苦

お寺でも過疎対策をするのですか


宅急便を配達してくれる人の中に 送り状に書かれた発送元と中身を口頭で読み上げるお兄さんがおられます。

親切といえば親切ですが 周囲に誰かがおられても大きな声で読んで下さるので お客さんに筒抜けになってしまいます。知られて不都合はないのですが 「要らんお世話だよ」と思うことがあります。

先日本願寺の寺院活動支援部(過疎地域対策担当)という部署から「お香」が送られてきました。

配達に来られたお兄さんは 例によって大きな声で読み上げた後 「お寺でも過疎対策ということをしなければならないのですか」と質問してきました。

「お寺にも過疎対策は必要ですよ。隣のお寺も その先のお寺も あの町のお寺も住職がいませんよ。過疎で後継者がいないからですよ」と話しました。「そういえば 無人のお寺への配達物は留守番のお寺に持って行っていますねえ」と 過疎の現実を理解してくれました。

続けて「どんな対策をするのですか」と質問されたので 「いろいろですが 過疎は止まりません」といって 話を打ち切りました。一口に過疎対策の妙案などあるはずもなく 突破口はまだ見えていないのです。

私に出来る過疎対策は 仏法の灯をLEDに変えることです。

新しい電球に取り替え 行き詰まった社会を明るくする光に変えることだと思っていますが 立ち話で理解していただけそうもないので止めました。


 

 

郵便物に匂いは許されますか



本願寺からお香が届きましたので 先日のお参りに参加して下さった方々に送りました。

きれいな包装がされていたので 紙の封筒に入れお礼状とともに発送しました。包装はしてありましたが 香の匂いは外に出ていました。

封筒に入れながら 匂いがする郵便物が受け付けていただけるかどうか少し気になりました。

危険物や壊れ物を送ることは出来ないと思っていますが 匂いは大丈夫と思いながらも念のために郵便局で確認しました。

他の郵便物に匂いが移る懸念もありましたからそのことも話しました。「たとえ匂いが移ったとして もしばらくすると消えるものです」といいながら 数名の局員さんに確認していただきました。

宛先を確認して 「郵便物が航空便を使わない区域なので 大丈夫でしょう」といわれました。

航空郵便はチェックが少し厳しいのかもわかりませんが たとえチェックされても問題ないと思って質問はしませんでした。


 

 

非日常と非意識


山陰中央新報紙の来週のコラムに 企業研修としてお寺で「非日常」の体験していただいていることを紹介しました。

投稿した後 本質は「非日常」でなく「非意識」のことを体験していただいているのだと思いました。

「非日常」といえばお寺での生活のような特殊な体験を想像しますが 「非意識」というと 日ごろは意識しないでいる自分自身の日常意識として想像することが出来ます。

たとえば 生産効率を上げるとか夕食の買い物に思いを巡らすような日常生活の意識活動に対して 自分の人生は必ず終わりが来ることを意識することは日常に意識しない「非意識」です。

そのような「非意識」を意識化したら 日常の意識活動に かならず新しい変化が生まれると思っているのです。

「苦の根源はどこにあるのか」という話とか 「何のために生きるのか」という話題を口にすることは非日常のことですが 苦の根源は自分にあると気づいて意識活動をすれば発想は変わります。

仏法は 非日常のことではなく毎日の生活の中に非意識として隠れているので 話し合って気づいていただこうと思っています。

 

 

観光地の選び方



きのう新潟県から70過ぎのご夫婦がお参りになりました。島根県に来るのは初めてだそうで 帰りに出雲大社に行く予定だといわれました。

今までも県外から初めて来られたお方に 「これからどちらか観光してお帰りになるのですか」と質問していますが ほぼ全員が「出雲大社へ」とお答えになったように思っています。

松江城や周辺の文化遺産だってあるのにと思うのですが 県外の人には出雲大社の知名度が圧倒的な高さのようです。

広島に向かう高速道路のインターもあり 空港も近くにあってアクセスがいいこともあるようですが 松江城を中心とした文化の観光では土産話になりにくいようです。

あらためて考えてみると 全国の観光地で他府県にないシンボルの所在地と お城のようなどこにでもありそうなシンボルの所在地の人気は違っているようです。

シンボル中心の観光は土産話にはなりますが 文化に触れるような観光では自慢話にならないからではないかと想像しています。

私の好みとしては その土地の文化に触れ 長く余韻が残る観光をおすすめしたいのですが。

 

 

習慣を変える


「いまさら」といわれそうですが 生活習慣を変えようと心掛けていることがあります。

まだ「心掛けている」段階なので 満足するほどの変化ではありませんが 少しは変わりつつあるという自覚は生まれています。

変えたいと思っている生活習慣はたくさんあるのですが いま始めていることは 人に相談し協力をお願いすることと 早く準備に取りかかるということです。

尻に火がつくようにならないと行動を始めない習慣が長らく続いていましたので 簡単には変わりません。それでも 気がついたときにすぐ取りかかるというクセは少しずつ生まれているぞと自賛しています。

そんなことを始めて 早く準備をしている人は ゆとりがある人ではなく 多くの人に対する思いやりが深い人なのだと気づきました。

早めに予定を立てたら 周囲の人も予定が立てやすくなります。 早目に到着したら 相手の人は安心されることになります。

理屈ではよくわかっていたつもりですが それを実行してこなかったことを申し訳なく思いながら 早めの行動を始めています。


 

 

季節の贈りもの


天候が悪くしばらく庭に出ることが出来ませんでした。

一昨日と昨日の夕方 少し風はあったのですが久しぶりに庭に出てみたら 巨大な椎茸が数本生えていました。さっそく夕食にバター焼きにしていただいたのはいうまでもありません。

いつしか季節の移ろいを感じる機会が狭くなっていましたが 生物は季節の移ろいを敏感に感じて生きていることを教えてくれました。

庭を歩きながら この庭を楽しむにはどうしたらいいのだろうと考えていました。

バラや山野草などが 本来の姿で生きる庭にするのが理想ですが 育てようとして肥沃な土をつくればモグラがやって来ます。

モグラや毛虫などの被害に遭うことも 自然の姿といえばその通りですが やはり元気でたくさん花が咲く庭を造りたいのです。

その折り合いをどのようにつけるか 私たちの庭造りの課題です。


 

 

地元企業のがんばり


休日の午前中 家内と一緒に市内のショッピングセンターに出かけました。

広島から進出したショッピングセンターですが その一角に「地場商品コーナー」が設置してあり ゴンドラエンドの特等場所に隣町のかまぼこやさんの売り場があるのを見つけやのです。

しばらく足を止め 商品のラインナップを見ながら自然にうれしくなってきました。

小さなかまぼこやさんですが 若い経営者が新しいことに挑戦している様子が見えたのです。原料を変えることや新商品の開発 ユニークなネーミングをつけることで 広いスペースを確保していました。

そのためには 売れ残りや場所代が増えるというリスクもあるでしょうが そのリスクを前進のエネルギーにしようとしていることを感じたのです。「リスクを取る」といいますが その実例を見せてもらったようでうれしくなりました。

ときどき使い物には利用させていただいているのですが 別の形で応援できることがないか考えて見ようと思います。


 

 

第一ボタン


「第一ボタンの掛け違い」という例え話があります。

シャツを着るとき 最初のボタンを 本来かけるボタン穴でないボタン穴にかけたら 後のボタンの位置がすべて狂ってしまうという例えです。

昨日のニュースで 僧侶が立ち上げた電力小売り事業の話がありました。特に興味があるわけではありませんが その話にはどうも「第一ボタンの掛け違い」があるように感じているのです。

商売の始まりは 需要があって始まるものだと思います。困っているものとか便利なものを紹介されたら欲しくなるのですが 不要なものは買いません。

次に日常の必需品なら安いものが欲しくなります。電力会社でなくても電気の販売が出来るようになって たくさんの業者が出現しました。そして「わが社と契約したら 今までの電気料金より節約になります」といって売り込んできます。

その売り込みをお寺でやろうという趣旨と理解しているのですが お寺の活動目的にそぐわないと思っているのです。

地域の門信徒さんの暮らしに少しでもお役に立つような活動をすることはムダなことではありませんが 過疎地に必要なことは生活費のコストダウンではなく 人と人との繋がり合いです。電

気の小売業は その基本からずれているように感じるのです。


 

 

お寺さんが小売業に参入


今朝のニュースを聞いていた家内が 「このことに西本願寺は関係ありませんとアナウンスしているが 何をしたの?」とたずねました。

初耳のことなのでさっそくネットで調べ だいたいのことがわかりました。

僧侶が中心になって設立した太陽光発電の会社が 太陽光発電の電気を仕入れ 中四国地方にあるお寺6千ヵ寺を通じて 周囲の門信徒さんに販売するという事業でした。

その電気料金は 今までのものより2~3%は安くなることに加え 販売するお寺にはその手数料が入るという制度になるというのです。

この仕組みを考えた人の話によると 近江商人の「三方よし」でなく「四方よし」のビジネスになるらしいのです。

読んだ後 このビジネスはうまくゆくのだろうかとしばらく考えました。

地方のお寺さんがお参り先の門信徒さんに 「うちのお寺から電気を買ってください」とセールスをするわけですが 買う側の人の混乱は相当なものと思います。

「損得の物差しだけでなく ウソかマコトかという物差しを大事にしてください」と話してきたお坊さんが とつぜんのように「こちらが得です」とセールスを始めたら混乱することは必定です。

 

 

人のことが気になる


他人がしていることが気になることはありませんか。

まったく知らない人がやっていることは気にならないのに 同じ年頃の人とか同業者の人がやっていることはなぜか気になるものです。とくにライバルのように思って居る同業者の動きは 些細なことでも気になります。

それはごく自然な人間の心理なのですが そればかりを気にして行動をしていたら疲れるばかりでなく 競争に負けてしまうことになります。

他人のことが気になる人の特徴は その人に理念がないことや 人生の目標がないことが原因です。

では目標があれば 他人がしていることが気にならないかというと そでもありません。自分の目標を実現するために 自分が気づかなかったことを学ぼうとしているわけで 気になる内容が違います。

私は「ほぼ日」というお店のことを追っかけています。糸井さんという経営者が考えておられることが気になるからです。

私は伝道の仕事で 糸井さんは物販の仕事で 内容はまったく無関係です。ところが糸井さんがやっておられることは 場を準備したら花を咲かせることが出来る人を見つけ その人を育てるビジネスです。

その発想が興味深く ビジネスモデルの変化が気になっているのです。

人のことが気になることがよくないということではなく 自分を見失わないようにしておかなければ 他人の人生を借りながら生きる人生になりかねないということです。