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過疎四苦八苦

過疎四苦八苦

ラグビー観戦が面白くなってきました



いままで それほど熱心にラグビー観戦をしていたわけではありません。

家内をつれて秩父宮ラグビー場で観戦したときも ゲームが面白くなかったこともありますが 後半は見ずに帰る程度のファンでした。

ところがこのたびのW杯は ルールもよくわからないまま夢中になっています。

日本のチームが奮闘しているときは 大声で「行け! 行け!」「押せ! 押せ!」と叫んでいます。

テレビ観戦していると 必要な場面できちんとルールの解説が入るようになっています。

この仕組みは素人にとってはたいへん嬉しいことです。

ラグビー素人の人たちに この機会にラグビー好き人間になってもらい 他のスポーツと同じようにファンを増やそうという考えを感じます。

人々の関心が薄いのは宗教界も同じです。ラグビーのファンづくりと同じような おもしろい手口がないのだろうか。

試合を観戦をしながら そんなことをふと考えました。


 

 

「死に方」研究所のこと



「死に方」研究所再開の準備を少しずつ進めています。

その過程で 人間に限らずあらゆる生きものの「死に方」にも目が向きます。

ひと夏で生涯を終える蝉などの死に方。子孫を残すために 人間の血を吸いに来てつぶされる蚊の死に方。

ペットになって手厚い介護を受ける犬の死に方。モグラに根っこを掘られて枯れてしまった花の死に方。

メスに食べられて死ぬ雄カマキリやコオロギの死に方。蜘蛛の巣にかかって いのちを吸い取られた昆虫の死に方。

豚コレラまん延予防のために殺されるたくさんな豚・・・・。

自分以外のいきものの数々の死に方を見ながら 人間の考えが及ばないことを感じます。

そうであっても必ず迎えるのが死であるなら そのときまでどう過ごすか。人間だけは考えることができると思います。

それを考えて生きることが「人間らしさ」そして「自分らしさ」ではないかと思うのです。



 

 

クリご飯



昨夜はクリご飯を炊きました。

知り合いのお方からいただいていたクリをむいて 今年初めてのクリご飯です。

また前日には 馴染みの漁師さんからアジとタイそしてアマダイを一匹ずついただいていました。

さっそく家内がアマダイを塩焼きに そしてアジは南蛮漬けに準備してくれました。

一度には食べきれないので タイは二枚におろして冷凍に。

しばらくは秋を五感で楽しませてもらいます。


 

 

つい口からでることば



一途に思いつめていることは ついことばになてでてしまいます。

誰かと何気ない会話をしているとき 「ところで あのね・・・」といってはなしだすのです。

内容によっては 「えっ?なんでこんなときそんな話をするの?」と相手が感じるような話がでることもあります。

話の内容とその場の雰囲気が合わないときは お互いが何とか話の焦点を合わせようとすることになります。

何気ない会話の場で始まったことだから ときには周囲の雰囲気からは浮きあがることになりますし 時間切れになって「話さなければよかった」と後悔することだってあります。

一途に思いつめていることを相手に伝えるためには まとまった時間や場所を設けてその雰囲気づくりは たしかに必要です。

では何気ない会話の場ではふさわしくないかというと これも大切だと思います。

その人の口から出ることばは その場そのときによって引き出されるものでありますが 「つい口から出る」ことばがその場そのときをつくることもあるのです。


 

 

キンモクセイ 今年も咲いた



キンモクセイが咲きました。うれしいですねえ。

台所の小窓 洗面所の窓からよく見えます。

朝 家内が「キンモクセイが咲いたよ」と教えてくれました。

「今年はたくさん咲いているよ」というので 庭に出てみました。忘れずに咲いてくれたことが なぜか今年はうれしかった。


 

 

ミスしたときはどうしますか



販売などの仕事をするとき 「目標を達成したら賞金を出します」という約束をすることは珍しいことではありません。

ところがその目標を達成した後で 「あのとき約束した賞金額は計算ミスでしたから 減額してください」と申し出があったことを聞きました。

その事件の解決は 約束した当事者同士で話しあって解決することが原則と思うのですが 実際にはいきなり仲介者に解決の依頼が行ったようでした。


ミスした側の人が 約束した賞金の減額を認めてもらうために外部の権力者に仲介のお願いをしたのです。

そこで別の事件に発展する状況になってしまっていることを聞きしました。

仲介者としては 頼られたからには思いが生まれるのです。

仲介者の顔をつぶすわけにはいきませんが まず話は約束した当事者同士から始めることが基本でしょう。

日韓のもめごととは違って お互いの誠意の示しあいだと思います。

どんな事業にも 浮き沈みや紆余曲折や過去と未来があります。

お互いが 世の中は諸行無常であることを思いながら話し合ってほしいと思います。
 

 

 

マイタケ



キノコの季節が来ました。

マイタケは季節に関係なくいつでも食べることができる感じですが やはり季節に食べる方がおいしく感じます。

というわけで 先日のおもてなしにマイタケ料理が出ていました。

オリーブオイルでいためバターで味をつけただけのシンプルなお料理でしたが シャキシャキとした歯応えとほのかな甘みを楽しみました。

近所に「珍しいキノコが生える場所がありますよ」と 今年の初めキノコ博士に教えていただきましたので もう少し気温が下がってから探してみようと思います。

茸狩りは 里山ならではの楽しみです。


 

 

琴線



人が怒りたくなったり 不愉快になる原因について考える機会がありました。

結婚して15時年も過ぎ 子どもさん2人もおられるご夫婦の出来事を聞いたときのことです。

40歳を過ぎたご主人を その会社の同僚たちと聞いたのです。

その出来事というのは 数年前のクリスマス翌日の夜に発生したそうです。夜仕事から帰ると 玄関前に「かごに入れた洗濯物があった」と。

「コインランドリーに行くように」という奥さんのメッセージかと思いながら自宅の鍵を開けたら ドアにはチェーンがかかっていた!

そこでどのようなやり取りがあったのかの話はなかったのですが ご本人は洗濯物を抱え その晩は「コインランドリーで一夜を明かした」と。

その翌日から2日は車中で暮らして 都合3日間の外泊。

「奥さんが怒られたことの心当たりは?」とたずねても 「心当たりがないです」との答え。

お酒の席で聞くにしても あまりにも珍しく面白い話なので盛り上がりました。

あれこれ話しているうちに 12月25日は奥さんの誕生日ということがわかりました。

ご主人は忘れてはおられなかったそうですが どうやら朝一番の「誕生日おめでとう」のひとことや早めの帰宅 プレゼントを買ってくることはなかったようです。

人のよろこびや怒りの琴線はそんなに多くないと思うのですが 奥さんの琴線は「自分への関心」だったと感じました。

「その人にとって大切な琴線に気づきなさい」というドラマを演じてもらったと 受け止めてほしいと思います。

 

 

ふっきれた気がします



樹木希林さんが 「死ぬときくらいは すきにさせてよ」とおっしゃったそうです。

いろんな意味で 「いいことをおっしゃったなあ」と思います。

私にとって死は何時何分という「時刻」ではなく しばらくの長さやつながりの広さをもったものです。

ぴったりする比喩が見つかりませんが 海に近づいた川の流れのようなものと考えたらいいと思います。

そこまで流れてきて 無理やり流れを変えようとしたり 堰き止める努力は止めにして自然に任せる人生です。

もう何年になるでしょうか 「死に方研究所」を設立していました。

しばらく活動を休んでいましたが 活動を再開することにしたのです。

この活動というか事業が 私に与えられた仕事であることに気づいたのです。

研究に参加してくださる研究員のみなさん全員に すばらしい成果を手に入れてもらいたいと思うのです。

その成果とは 「ありがとう」「生きてきてよかった」「またあおうね」ということばで終える人生になることです。

これからの人生は その目標に向かって進みたいと思っています。

 

 

お花の入れ方



家内はとてもお花が好きです。

育てることも その花を切って活けることも好きです。

お花にも好みがあるようで 山野草など小さなお花が好みです。

今日お迎えするお客さまのために 玄関とお茶室にお花を入れました。

玄関には 大きな素焼きの甕に ススキとコスモスをいっぱい入れました。秋の野原のイメージです。

お茶室は ヤマブドウのツルを見つけ 育てているナツハゼとニシキギといっしょに入れています。お茶室の一角から 秋の里山の風景が伝わるようです。

私もいっしょに花材探しをしました。その気になれば 野山の草木はなんでも花材になります。

緊張をといていただく瞬間を想像しながら 季節の草花を組み合わせ 手元にある好みの容器に入れる楽しみ。

お客さまからその楽しみをいただいています。