HOME
»
過疎四苦八苦

過疎四苦八苦

いろいろあっても一年が終わります


年賀状を購入したのは 28日の夕方でした。

郵便局から「今日で窓口の仕事を終えます 年内に年賀状が必要なら5時までにお越しください」という電話をいただき あわてて買って来ました。

早々におおよその必要数を伝えてありましたから 年内に必要なら今日までです というご親切な電話でした。

年賀状が売り出される時期には 「終活」の一つとして年賀状交換を止める人が増えている話が聞こえていました。メールでの年賀の増加や 年号の改定なども話題になっていました。

私は3年前 同じことを考えたのですが 思い直して賀状の交換を続けようと思っていました。ところがふたたび「さて どうしようか」と迷い始めていたのです。

というわけで気の利いたあいさつのことばを思案することもありませんでしたので 決断遅れの悪影響を引きずりながら除夜の鐘を撞きます。


優柔不断な人間に 一年間お付きあいいただき ありがとうございました。


 

 

ゆず湯を楽しんでいます



「今年我が家の柚子は豊作でした」 といって柚子をたくさんもってきて下さいました。

家内は「柚餅子」もどきをつくるといいますが つくったとしても量はわずかなものです。そこでまずゆず湯を始めました。

お風呂の中に大量の柚子を浮かべ 温かいお湯の中に脚を伸ばす瞬間から 至福の時間が始まります。

湯気の匂いに混じって拡がる香りを楽しみながら あちらこちらの畑の端に柚子の木が植えてある 田舎の暮らしを話題にするのです。

今年も一年間 過疎化が進む地域で暮らしながら 過疎の楽しさを体験し発信してきました。

ブログを書きながら あえて過疎地の楽しさを探し出して紹介する行為は コンプレックスを抱えているのだろうかと自問したこともありました。

そう受け取られてもしかたがありませんが 私は過疎地の人々と一緒になって楽しみ方を見つけ 一緒に楽しめたら十分なのです。


過疎過密という現象の中で暮らすのではなく どこで暮らしていても その地そのときとどのように向き合うかが大切だと思っているのです。


 

 

3年連続日記帳



調べたいことがあって昔の日記帳を取り出しました。

使い始めたのは 住職になった翌年からで 4年前まで26年間使ったものです。使っていたのは『博文館3年連続日記』。

3年連続日記は カレンダーでもありましたが日記が主でしたから いろいろメモ書きがあって 昔のことを思い出すことが出来ました。

毎年同じ日のお参りを記録するのに便利がよくて使っていたのですが 4年前にどこにいても 約束したときその場で記入できるように グーグルカレンダーに変えました。

紙に鉛筆という習慣を手放す不安と ネット機能への不安はありましたが 約束忘れをなくすために変えることにしたのです。

自叙伝でも書くつもりなら役に立つかもわかりませんが 過去はあまりとらわれないで ただいまの一日一日を丁寧に生きようと思っている私には不要とも思ったのです。

連続日記に変えて使い始めたグーグルカレンダーには 毎週毎月毎年繰り返しの機能があるので不自由はありません。


もし思い出が欲しくなったら 行動予定の記録を手繰ることにします。


 

 

話すことはその人の一生


90歳でお亡くなりになったご婦人の通夜をお勤めします。

ご家族やご近所の方々の記憶の断片を聞きながら 故人のご一生を手繰っています。

存命中のお姿からしのばせていただくことになるのですが その内面に生まれていたことをしのびたいと思っています。

故人のことで思い出すことは 毎年2月その方のご近所のお寺にお参りしたときの光景です。そのお寺で勤まる法座には 必ずお参りして下さっていたのです。


そのお寺には住職さんがおられず 地域の門信徒さんで支えられているお寺でした。

そこにお参りされるみなさんはいつも同じ顔ぶれで 毎回同じようなお話しをみなさんが静かにお聞きくださっていました。

そんな様子を思い出しながら ある人のことばを思い出しています。

「さいちゃ りんじゅうすんで そうしきすんで みやこにこころすませてもろて なもあみだぶと うきよにおるよ」ということばです。

肉体は娑婆世界に暮らしているが 心はお浄土という「みやこ」に住まさせていただいていることを聞いておられた一生をお話しします。

 

 

寒波が来る予報です



今日からお正月までの予報を見ました。一週間雪マークになっていました。

雨でも雪でも約束のお参りには出かけますが 約束先には高速道路や峠を通る必要がないので助かります。

今年の冬から 冬道でのタイヤチェーン規制が始まりますが 大変やっかいなことになりそうです。

プロのドライバーにはさほどの面倒はないと思いますが 一般の人にとっては大変なことです。

急用で規制区間を走らなければならなくなったとき まずチェーンの準備から始まり 装着の練習も必要です。

あれこれ考えていたら この規制は「冬の遠出は控えなさい」ということなのだと思い 淋しくなりました。


 

 

国旗掲揚


23日は天皇誕生日の祝日でした。

車で地域のあちらこちらを走っていて 日の丸の国旗を掲げた家を一軒だけ見つけました。

およそ50軒くらいの家は見ていると思うので 率としては2%です。

祝日には国旗を立てるという意識が薄らいでいるのかなあと思ったのですが どうなんでしょうか。

我が家はどうかというと かなり前から立てていません。国旗が嫌いというわけではないのですが 制度に馴染めないのです。戦前生まれの私は うっすら強制感を感じているのです。

自宅の様式が戸建てからマンションに変わったり 独居高齢になって国旗掲揚はさらに減ると思います。

ですが国旗の出番は 国別対抗競技などが増えてきていますから その応援旗としての出番に変わると思うのです。



 

 

味噌汁が作れない



これからのお寺のことを考えて 法座スタイルをテストしています。

いままでの法座は 午後1時30分から3時30分の行事として 先代の住職のときから継続してきました。

それを午前11時から午後11時30分に変えてみたのです。

「仏法聴聞」の時間は午前の一時間。そのあとは「お寺ごはん」と懇談会にしたのです。

このようにして お寺に集まる意味を少しひろげ そして充実させようと思っているのです。

当日は初めてのことでもあり 手順が身体になじんでいないために少し忙しい思いをしましたが おかげで発見もありました。男性のスタッフの参加や 少数での運営に必要な仕事分担も見えました。

お昼ご飯として接待した「お寺ごはん」の豚汁は大変好評で お替わりされた人も多く 計画が受け入れられたことをうれしく思いました。

隣に座った95歳のお方が 「味噌汁など しばらく食べたことがなかったのでうれしい」といわれたことばに 独居高齢者の食生活が見えたような気がしました。

もう一度同じスタイルを実行して これからの法座スタイルを決めようと思っています。


 

 

待合室



田舎の医院の待合室に行くと 必ずといっていいほど知り合いの人に出会います。

顔を見かけてあいさつの後 お互いに「どうされました?」とか「その後いかがですか」と様子を確認しあいます。

診察室に呼ばれる間 あるいは会計の計算書が出来上がる間 隣り合わせに座って話すことになります。

この間は結構充実した時間で いろんな情報を聞くことが出来ます。部屋の中で転んで怪我をしたという人の話から 自宅の様子が聞けます。

あるいは人物を観察することも出来ます。付き添いで来た人の振る舞いから 気配りのこまやかさもわかります。

待合室での待ち時間は退屈な時間に思えますが 何かを想像したり観察し始めたら時間を忘れることも出来るようです。


 

 

簡潔な仕事スタイルを手に入れました


「いまごろになって そんなことを自慢そうにいうのですか」といわれそうですが とても気持ちがいいのでお話します。

元気な人は 毎日一日中実にいろいろなことをしています。

スケジュールに沿った行動や面談 依頼された約束ごとや自分で予定している仕事 もちろん食事やトイレに立つことだってあります。

あるいはその時々で依頼される使い走りのようなこともたくさんあって それも依頼した人にとっては必要な仕事のはずです。

毎日の沢山な仕事の中で 「いま出来ること」は「いまやる」という 明快な仕事スタイルを実行することで 一日が充実することを知ったのです。

ダムをつくるような大事業でも 小さな仕事の積み上げで出来上がっているのですから その小さな仕事の重要度をその時その場で判断することはできません。

すべてが重要であると考えて その場で片付くものから順番に しかも確実に丁寧に実行するスタイルに充実感を感じているのです。


 

 

鐘を撞くことができます



夕方5時になると 隣のお寺で撞く「暮れの鐘」が聞こえることがあります。

いままで考えたことはなかったのですが お鐘の音は過疎地だから聞くことが出来るのです。

市街地のお寺は 除夜の鐘が撞けなくなっているという話を耳にします。昼間にも音が出せないかどうか知りませんが もし大きな音を出せないとしたら 市街地のお寺の鐘はただのアクセサリーとして釣ってあることになります。

私はいままで 「梵鐘を撞く」ことは お寺の行事をお知らせする合図だと思っていました。

ところが時代劇などで「時の鐘」という台詞を耳にすることがあるのを思い出しました。腕時計はもちろん 自宅に柱時計すらなかった時代には お寺の鐘が時を告げていたのです。

時代が変わり お寺の鐘は無用になってくるようです。 

大胆に発想を変えて お寺の鐘を納得するまで撞いてストレスを発散する それに聞法三昧のしずかな時間をセットして リフレッシュしていただく過疎地のお寺ならではの事業も考えられると思いました。