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過疎四苦八苦

過疎四苦八苦

これが楽しい



涼しかったので 16日から家人と二人で境内の草抜きを始めています。

「お寺のことだから 門徒さんに声をかけてお手伝いをお願いしようよ」と家人はいいます。

「二人でやれば 気になるところはきれいにできるよ」といって始めているのです。暑くならないうちに止めるのですが 雨上がりなので草が抜けやすくはかどります。

やった人の受け止め方にもよりますが 私にとってはその作業は楽しくて苦になりません。

誰かに指示されて 炎天下で広大な面積の作業ならいやになるでしょうが 自主的にやることなので楽しいのでしょう。

家人に「お寺で説法するより草抜きの方が楽しいよ」といったら 返事がありませんでした。

お参りされたお同行にお話をすることは楽に見えますが 私にとっては疲れることでした。

責任の軽重とか反応の有無や 成果が表れるまでに時間がかかるお話しより 目先で成果がわかる草抜きの方が楽しく思うのです。

宗教家に落第 世人の合格者です。


 

 

災害に備える



自然現象が原因の災害はどこでいつ発生するかわかりません。

それを知りながら 備えについて真剣に考え実行することにはなかなか腰が上がりません。

身近に発生した過去の洪水災害の状況を見て このたびは少しですが災害対策をしています。

立地に恵まれて土砂災害や洪水などの心配は少ないのですが 停電や断水の発生はありうると思いました。

それに気づき 飲料水はヤカンに トイレなどの生活用水はバケツで蓄えたのです。

また車の燃料を満タンにすることや スマホのフル充電にも配慮しています。

我が身を守ることに加え 皆さんにご迷惑をおかけしないようにと思っているのです。


 

 

お盆の話題



お盆の間 お会いした人たちと交わした話題の多くはコロナがらみのことでした。

なかでも 家族に対して「帰省しないように」と制止した話が多く心に刺さりました。

制止するこちらの人にしてみたら 会いたくないはずはないと思います。

帰省した家族に引け目を感じながら過ごさせては済まないという思い。

隣近所の人たちの目に触れて いやな顔をされるような雰囲気を味合わせたくないという思い。

自分が「なぜ配慮しないのだろう」とか「我慢したらいいのに」と思われたくない気持ち。

いろいろな解説とともに 帰省をさせなかった話をされました。

「コミュニティー」を感じておられる姿を感じました。


 

 

雨天順延



数日前からカーラジオをいれると毎日のように高校野球大会の延期を繰り返しています。

聴きながら 頭の訓練をします。

主催者になったり影響を受ける周囲の関係者になって どこまで広く深く考えることができるか頭を回転させるのです。

甲子園の借用期間はOKか。阪神タイガースのゲームに影響はないか。
滞在費用の手配は大丈夫か。
宿泊が伸びても 宿舎の食料などの備蓄は大丈夫か。
女子高校野球の決勝を予定していたが 甲子園で実施できるのか。
雨が終ったあと グランドの補修の手配は何が必要か。
実況放送の番組変更とアナウンサーの予定変更はついているか。

など頭に浮かびましたが 想像できることが意外に狭く少なかったことは残念です。


 

 

虎の尾を踏まないためには



訪問スケジュールをお知らせして ご家庭へのお盆参りをします。

待っていてくださる方は一様ではなく 話し好きのお方も少なくありません。

長引かないように 内心で専門的でない周辺の話題を選び 切り上げのタイミングも計っています。

ところがその家のお方が専門にしておられることや 身近に発生した事件などにどのような関心をお持ちなのかリサーチはしていません。

もし強い関心をお持ちのことに話が及ぶと 俄然話が長くなります。

ゆっくりお話しを聞く時間があるときはいいのですが そうでないときは上の空の会話になり失礼なことになります。

気持ちよくお別れするためには 長い間の経験から お互いがお参りに徹することが一番。

 

 

感動の力



感動の力を実感するできごとがありました。

私が「少欲知足」ということばを「少欲知借」と読み替えて受け止めていることを地方の新聞に投稿したことがあります。

それを読んでくださったお方が 篆刻印にして使いたいと思われたそうです。

そしてその制作を 地元出身の書家であり篆刻作家にお願いされました。

篆刻作家は 私の新聞記事んで「少欲知借」の趣旨を咀嚼していただき 篆刻印とそれを創ることになったいきさつを機関誌に紹介されました。

その機関誌の購読者は横浜を中心にした方々だそうです。

山陰で記事を読んでくださった一人の男性の感動が関東に飛び 新しい人々が目にしてくださるとしたらうれしいことです。

感動の力には 想像を超えたものがあることを学びました。


 

 

トンビと遊ぶ



お参りの楽しみの一つに そのお宅の人の話を聞かせていただくことがあります。

ときには思いがけないお話しを聞くことがあり そんなお話を聞くことは楽しいことです。

先日のお宅のご主人は ウオーキングが趣味。毎日2時間のウオーキングを続けておられ 広範囲の人たちに知られた存在になっています。

そのお方が 「歩いていると楽しみができるのです」といって話し出されました。トンビの餌付けの話です。

コースの一つを歩いていたらトンビの幼鳥がいたそうです。ウオーキングのおやつとしてもっていたパンを与えたら 食べてくれたそうです。

そのコースを歩くたびにパンを与えるようになったら 上空から自分の姿を見つるけると舞い降りるようになったといいます。

前日には親子らしい二羽が上空を舞っていたので 口笛を吹いて呼ぶと降りてパンを食べてくれました。

「歩くおかげで こんな楽しみができています」と 楽しそうでして。


 

 

「お弁当は食べないでください」



自宅でお昼ご飯を済ませ くつろいでいるところに電話がありました。午前中に初盆でお参りしたお宅からの電話でした。

相手のお方 「お昼ご飯は済まされましたでしょうか」。私 「はい 今済ませたところです」。相手のお方 「お弁当に異常は感じられませんでしたか」。

状況は どうやら持ち帰ったお弁当が傷んでいたらしいのです。

「いえ 夜いただこうと冷蔵庫に入れています」と答えたら 食材の何かがいたんでいたことや調理先に問い合わせしたことなどを話されました。

我が家の昼食は 家人が準備してくれていましたので お弁当は後回しにすることにしていたのです。

電話をいただいた時間が昼食後だったので もし気づかず食べ始めたらどうなったろうかと想像しました。

時節柄食材の傷みが発生しやすいので 異常があれば当然気づくだろうと思っておられたのだろうと 連絡時間の遅れは解釈することにしました。

お互いに食中毒に用心しましょう。

  

 

草刈りが終りました



お盆を前にして 墓地や境内周囲の草刈りをしていただきました。

炎天下での3日間は大変だったろうと思います。作業をしてくださる皆さんは高齢なのでつらい作業であったと思います。

毎年恒例になっている仕事なのですが 年々気温は上がっています。また加齢とともに体力も衰えます。

そんなことを考えると いつまでこの環境が維持できるを考えなけえばなりません。

「SDGs」という持続可能な開発目標のことが考えられていますが 持続可能な布教目標も考えなければならなくなっています。

人口が減り続ける地域では 布教環境のダウンサイジングも一つの選択肢です。

施設とか環境というハード面と 行事やつながりのあり方というソフト面のダウンサイジングに向かって 楽しく始めましょう。


 

 

戦没者追悼法要をお勤めします



きょう午後 お預かりしているお寺で地域の戦没者追悼法要をお勤めします。

お寺の裏にある「忠魂碑」や共同墓地が整備され コミュニティー活動が充実して再開された行事です。

この法要は戦後から続けられていた行事でしたが 50回忌を節目にして終わっていたものです。

終わりになった第一の理由は お世話をする人たちの高齢化と推察しています。

その当時お世話をされた人たちの意思を 約10年のブランクののち 次の世代の人たちが受け継いで復活しました。

戦争の記憶や傷が残っている時代の法要。戦後生まれの人たちで営むこれからの法要。

同じ名前の法要であっても お世話される方々もお参りされる方々も その受け止め方は違います。

お恥ずかしいことですが 今年になってやっとそのことに気づくことができました。

これからの法要では 「なぜ人間には宗教があるか」ををいっしょに考えたいと思います。