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過疎四苦八苦

過疎四苦八苦

地震のお見舞いのお礼


先日、島根県で大きな地震が発生しました。沢山のお方から、いち早くお見舞の電話をいただきありがとうございます。

テレビのニュースで「島根県西部で地震発生」と報道されたので、問い合わせやお見舞いの電話をいただいたのです。

震源地に近い地域では家屋や道路などに被害が出ましたが、私が暮らしている地域には特別な被害はありませんでした。

中には思いがけないお方からも電話もいただいたりして、もちろんうれしく思いましたが驚きもありました。

考えてみたら、思いがけないお方はすべて地域の出身者でした。「島根」ということばに素早く反応されたのでしょう。

いつまでたっても、どこで暮らしていても、生まれ故郷への思いは消えないことを知りました。

しばらくは油断が出来ないので、避難のことや被災対策のことを忘れないようにして過ごします。

ありがとうございました。


 

 

山菜を食べています


いろいろな山菜が出回る季節になりました。

今年口にした山菜は、ふきのとう、たらの芽、よもぎ、わさび、ぼうふう、のびる、こごみ、たけのこ、ふき。

書き出してみたら結構な種類の山菜を賞味していました。

これからわらびも食べる機会があろと思いますので、この季節は田舎の暮らしが満喫できます。

​山菜にはもう一つの楽しみがあります。食べるだけではなく摘むことも捨てがたい楽しみです。

私たちは、特別な時間をつくって野山に出かけることはありません。あらかじめ家の周囲で目星をつけていた山菜を、食べごろを見計らって、夕食準備の前に摘むのです。

​摘みながら今年も季節のものをいただくことが出来ると実感することがうれしいのです。

ハウス栽培とか量産に適さない山菜には、季節感やのどかな暮らしとともに、生きていることが実感できるような気がします。


 

 

髭剃りの刃


昔からシックの髭剃りを愛用しています。

20年位前からでしょうか、その替え刃が二枚重ねた「二枚刃」とか三枚重ねた「三枚刃」になって出始めたのです。当然ながら価格も上がりました。

当初の一枚刃の髭剃りが売り場から消えてしまったので、仕方なしに三枚刃四枚刃と値段の高いものを使うようになっていました。

髭剃りの機能は少しよくなり、剃り心地もたしかによくなりました。

その四枚刃を長い間愛用していたのですが、しばらく前から五枚刃が売り場に出現したのです。

それを見ながら「私は四枚刃で十分」と意地のように使い続けていたのですが、ついにその四枚刃が売り場から消え始め、三枚刃か五枚刃の二種類になってしまったのです。

いまさら三枚刃を使いたくないので、仕方なく先日ついに五枚刃を購入しました。

使用感はよくなりましたが、メーカーの巧みな戦略に乗せられているようで手放しの満足感が生まれません。困った性格です。

 

 

包装



香典のお返しにお「香」をいただきました。立派な桐箱に入って郵送されてきました。中に入っていたお香には、「奇南」と表示されていて相当純度の高いものだ思います。

お香は、香りを聞くものですが、その香りも一瞬のうちに消えるものです。また見た目は木のクズのようなもので、焚くまで香りはわかりません。

そんな品物を贈るときは、包装で「価値」を知らせようとすることになるわけです。

高級な年代物のお酒とかあるいは有名ブランドの陶器類などの商品には、豪華なパッケージが用いられているようです。

包装とか容器は品物だけに限ったことではないと思います。これを物品と同じように扱うことは出来ませんが、たとえばご遺体やお骨の入れ物。

素焼きだった納骨の壺に、絵柄入りの陶器とか磁器のような高級品が出現し、棺までも豪華なクロス張りのものを見かけるようになりました。

ご遺族の思いで選択されたものでも、儀式での役目が終われば焼かれたりお墓に入れられて見えなくなってしまいます。

それは品物の包装とか容器と同じようにも思えますが、中身は品物と比べることが出来ない価値あるものであったのです。この世で唯一であったいのちをが、仏法に姿を変えてくださったことを忘れないで欲しいと思うのです。

 

 

脳みそ



診察室で脳のフィルムを見せがら、「この検査は、脳の萎縮や血管の様子、脳味噌の老化などを検査しています」といわれ、「えっ、脳味噌?」と内心で笑いました。

​ドクターの口から「脳味噌」ということばが出たからです。

子どものころには脳のことを脳味噌と話していた記憶がありますが、大人になってからは脳とはいっても「味噌」はつけなくなっていました。味噌ではないと知ったからです。

それなのに専門家であるドクターの口から、「脳味噌が・・・」と真面目にいわれておかしかったのです。

脳の萎縮や脳内血管の状態を説明してもらった後だったので、理解しやすくするために脳味噌といわれたのでしょう。


自分の頭の中に味噌があるといわれたことがおかしかったのです。
 

 

改革


アメリカの大リーグから大谷翔平選手の活躍が伝えられ、よろこんでいます。

日本でもプロや野球が始まり、各球団が考えた改革の方向が芽を出しかけています。

​私が応援しているジャイアンツでは、昨年のシーズン終了時に、まだ十分活躍できるベテラン選手と契約しないで、そのポジションを若手選手に期待するという方針が出されて話題になりました。

​このときもそうでしたが、一つの改革をすすめると大きな痛みや激しい批判がかならず起こります。

その方針を出したリーダーはその重圧を一人で受けることになるのですが、方針が不動であることを示すためにはクールにふるまわなければなりません。

しかし内心では不安とか非情を詫びる気持ちなどが渦巻いていたことだろうと推察していました。

今期もそのような苦しみに耐えて、若返りとお金で引き抜きしているといわれる経営姿勢の改革が結果になって出ることになります。

まだシーズンが始まったばかりで評価はできませんが、若手選手のはつらつとしたプレーを見ながら、リーダーの心境を推察することもプロ野球観戦のも楽しみです。


 

 

我以外皆我師


我以外皆我師ということばがあります。吉川英治さんの小説『宮本武蔵』の中でおっしゃったことばです。

深い意味を持った歯切れのいいことばで、ときどき使わせていただきます。

そのことばが、ふと別のことばになって頭に浮かびました。今日お見え下さる方の目に留まればと思いながら書いている、玄関の「今日のごあいさつ」を考えていたときです。

「吾以外皆師。そういいますが、その気になれば毎日が道場ともいえますよね」ということばが浮かびました。我ながらいいことばを見つけたと自賛しました。

人は誰でも一日のうちにいろんなことを教えられています。他の人から受ける注意はもちろんですが、自分のことば遣いや自然摂理などから気づきをいただくことがたくさんあります。

何も気づかない一日があっても、それは「無為に暮らしている自分」の生き方を教える一日であったのです。

思いつきのように始めた貼り紙ですが、反応してくださるお方が少ないことは、「魅力がないぞ、工夫をせよ」という忠告と受け止めましょう。


 

 

三江線がなくなる意味


先日のお参り先は、かって三江線を利用されていた家族があられたお宅でした。

利用されていた70年以上も前の思い出話を聞きながら、三江線というローカル線のことを改めて考え直しました。

その方が、「川平駅から旧制中学校に通学していたのですが、自宅がある松川側からは渡し船で駅まで行かなければなりませんでした。船頭さんが急用でいないときは自分が川舟を操船して皆さんを渡してあげなければならないことがありました。船を川岸に着け、流されないように川岸に上げるのに時間がかかるので列車に遅れることになるのです。そのときは先に駅に行った人たちの誰かが運転手さんに理由を話し、途中で乗車できるように速度を緩めてもらい乗車していました。そんな出来事が何度かありました」と話されたのです。

当時の三江線は、定刻厳守に管理されず、人間の暮らしで管理されていた列車であったことに気づいたのです。

廃線を決める前に、駅まで行かなくても路線沿いで手を上げたらどこでも乗降車出来るという、「暮らしのレールウエイ」を試みる提案はなかったのだろうかと思いました。

『おおよその時刻表』という、暮らし方で編集する時刻表づくりが面倒くさかったのでしょうかねえ。


 

 



やがて桜の季節は終わりますが、今年はいろんな角度から桜を見ることが出来ました。

上から下からという視点のことだけではなく、楽しみ方にもいろいろあることを見ました。

好天に恵まれた土日で、千光寺公園の夜と昼の花を楽しみました。またいろいろな楽しみ方を見物することも出来ました。

といってもこれからその見方が役に立つということではないのですが、人の数だけ楽しみ方があることを見る楽しさを味わいました。

外国の人のパーテーが何組もシートを広げ、ものを食べながら楽しんでいる様子をみて、きれいなものを見て楽しむことに国境がないことも知りました。

フライパンを持ち込んでソーセージを焼いて子どもたちと楽しむ家族がいたり、コンビニのおむすびらしいをほおばる老夫婦がいたりしてムードは盛り上がっていました。

私たちは土手に座って350円也のソフトクリームをなめながら、樹木の管理のことや他の桜100選との違いなどをあれこれいいながら今年の花見を締めくくりました。


 

 

写真撮影



先日のお葬式で見た光景は少しひどいものでした。

葬儀が終わってご遺体を火葬場に運んだときのことです。遺族のひとりらしい長身の男性が、ミラーレスのカメラをもっていろんな角度から撮影を始められたのです。

初めのころは遠慮がちに少し離れた位置での撮影でしたが、次第に大胆になり、ついにはご遺体のお顔の真上から至近距離で撮影を始められたのです。

周囲で見送っておられるご遺族の様子や、棺にお花を入れておられる場面を少し離れて撮影しておられるときはそんなに不快な気持ちにはならなかったのでが、読経する私の姿やご遺体まで撮影を始められるようになって不快感は頂点に達しました。

死者に肖像権があるとかないとかの問題ではなく、棺に入れた死者のお顔を写してそれをどうなさるつもりなのだろうかと思うのです。

ご遺体のお顔は、長い闘病生活でやつれたお顔であったり、薬害でむくんだお顔であることが多いものです。もちろんそのお方のお顔もお元気であったころのおだやかさはありませんでした。

親子とか夫婦のような身近なお方が、葬儀が始まる前に撮影なさることはまだ許せますが、まるで事件現場のカメラマンの気分で撮影されることは非常識きわまりない行為と感じたのです。

故人の記憶は、おひとりおひとりの身体に残すだけで十分だと思います。