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過疎四苦八苦

過疎四苦八苦

気概

先日お参りした家のご主人は85歳に近い男性で、少し不便な場所で息子さんと二人暮らしをしておられます。

そのお方が額にガーゼを当て頭に白いネットをかぶっておられました。一目見て額を裂傷して治療されているのだとわかりました。

挨拶もそこそこに怪我の様子を尋ねました。お話によると、夜何かに躓いて転び、目の前にあったものに額をぶつけて切られたのだそうです。

「相当な出血でしたでしょう」といったら「タオル4枚を血でダメにしました」と答えられました。

出血の様子にも驚きましたが、さらに驚いたことは自分で止血して、45分ほどかかる隣町の病院まで運転して行き、5針縫ってもらったという話でした。

救急車を呼ばないで自分で運転して病院に行かれたこと、近くにも病院があるのにわざわざ遠くの病院まで行かれた話を聞きながら、男性が一人で生きていく気概のようなものを感じました。

お話を聞きながら、「私にはできないなあ」と思っていました。

 

蓮如さま


本願寺第8代の宗主は蓮如というお坊さまです。このお方は実に偉大なお方でした。

私が偉大なお方と感じることは、まず浄土真宗の宗祖である親鸞さまが残された他力の宗旨を、誰よりも深く学んでおられたということです。そして学ばれたことを大衆に伝えることに誰よりも真剣であったという二点です。

本願寺では蓮如さまを中興の祖と呼び、親鸞さまから一本の流れとして教えを見ておられました。

この繋がり方について少し違和感があって、布教の場をいただくたびに、直接親鸞さまと繋がりたいともがいてきました。

同じ教えを聞いても、聞き方は人によって異なります。誤って受け取らないように、何度も何度もいろいろなお方のお話しを聞いて間違いのないすくいの道を受け取るのですが、その根源にあるのは親鸞さまご自身のおことばだと思っているのです。

それは蓮如さまを通した親鸞さまのおことばやおことば遣いではないと思っているのです。

蓮如さまも、親鸞さまのおことばをお聞きになられたお方。私も同じように、そうしたいと思っているのです。

 

学ぶ


どちらがいいとか悪いとかいうことではないのですが、「オャ?」と考えさせられたことがあります。

ある人が、「自分は受験勉強をするとき、勉強の前に、勉強方法についていろいろと研究することに時間を費やしていたように思います」と話していました。

それを聞きながら、「それって勉強遊び?」と思いながら、自分も同じではないかと気づいたのです。

経営遊びとか変化遊びとでもいうように、事業や改革に集中しないで、気持ちのどこかにそうしている自分を楽しんでいるような気分を感じることがあるのです。

なぜそんな気分になるのだろうと、今朝の布団の中で考えていました。そしておぼろげに感じたことは、「自分は何をしたいか」という目標がぼけていることでした。

人生の終活期になって、まだこんなことを考えていることは少しおかしいなあと思っています。

 

 

玄米食


毎日玄米のご飯をいただいています。ずいぶん前から玄米を基本にしていましたが、何年になるか思い出しません。

始めたころは、圧力釜でないと玄米ごはんが炊けませんでした。また玄米ごはんそのものもしっかり噛んで食べないと胃を壊といわれていました。

ところが現在いただいている玄米は、玄米の成分を残しながら精米されたもので、実に食べやすくなったものです。もちろん炊き方も、水加減を玄米に会わせるだけで普通の炊飯器で美味しく炊けるのです。

名前はロウカット玄米というのですが、見た目は玄米であっても白米と同じ感覚で食べられます。

白米のツヤや炊きたての匂いはあきらめても、健康のためにこれほどすばらしいお米はないと思っていただいています。


 

 

尋ね人


「お浄土でまた会えるといわれましたが、どうやって探せばいいのでしょうか」という質問をいただきました。

「また会える」というお話しを聞いたときから長い間疑問だったといわれたのです。

そしてあらためてこんな質問が出ることをうれしく思いました。真面目にというか素直に聞いてくださったからの質問です。

周囲に人がおられる場でたずねられた疑問です。その質問を耳にする人の中には、「ほんとうにそんなことがあると思っているの?」と不思議に思う人もあろうかと思います。変人ではないかと考える人もおられるかもわからない質問内容に聞こえます。

質問をいただいたとき、うれしくなって「あぁ、それは向こうから会いに来てくださるから必ず会うことが出来るのですよ」とお答えしました。

出会ったとき仏さまの口から出るおことばは、「よく来たなあ、うれしい」ということばです、ともお話ししました。

お尋ねになったお方は、「ああそれなら安心しました」と喜んでくださいました。

法事の席は、いつだっておもしろい会話の場です。


 

 

人生泣き笑い


福祉施設「花の村」の職員さんが書いた記事を目にする機会がありました。

その中に、「人は生まれてくるときには周囲が笑い、生まれてきた本人は泣いている。最期を迎えるときには周りが泣いて本人は笑う」ということばがありました。

「日夜高齢者の介護に当たる自分は、その人の最期を笑顔で迎えさせてあげたい」と書いてありました。それが「終活のお手伝いの目標」ですというお考えなのです。

人生の最期を笑顔で迎えるお手伝い。
簡単なことではありません。
一人の力で出来ることでもありません。

まず何より、つねに寄り添ってもらっているという安心感が必要でしょう。また、毎日が感謝に満たされた心であることも大切です。

そんな人生を実現していただこうと、仕事に取り組んで下さっている職員さんがおられることをうれしくありがたく思うのです。

 

 

贈りもの



家内の誕生日プレゼントは異色なものになりました。

例年は年齢の数のバラを贈っていたのですが、今年はフラワーアレンジメントにしたのです。

今年は結婚して50年目の誕生日になります。まあ、50年間もよくぞつきあってくれたという感謝の気持ちも込めて、今までのプレゼントとは趣向を変えました。

このフラワーアレンジは、東京のジャルダン デ フルールという花屋さんにお願いしました。この経営者東信さんの考え方に衝撃を受け、いつかお話しを聞きたいものだと思っていました。

「人間のために剪られて死ぬお花」に寄せる思いの深さを放送で聞いたとき、人間の歓びのために、お花のいのちをどのように生かしきられようとされるのか知りたかったのです。

といっても簡単にお目にかかれるお方でもありませんので、何かの機会にこのお方のお人柄に出会いたいと思い、考えた末作品をお願いしたわけです。家内の誕生祝いであることや、結婚50年の思いなどをしっかりと伝えて作品を待っていました。

受け取った家内の歓びは、お花の一生をいただいた感動であったろうと思います。

 

 

炬燵


年末から我が家には炬燵が出ています。家で炬燵を利用する習慣がない4歳になる孫がやって来て、炬燵に足をいれて「やわらかい!」といいました。

それは「あたたかいというのだよ」と教えたのですが、初めて体感したことに対する表現がわからなかったのだろうかと不思議に思いました。

孫はあたたかいも寒いということも知っているはずです。それなのになぜ、と思ったのでちょっと考えたことです。

「仏さまのお慈悲の力はぬくい」といわれた大人のことばがあったことを思い出して、最初に出会った感覚は、普段使用していることばでは表現出来ない感じがあるのだろうかと思ったのです。

いくつかある表現のうち一番しっくりすることばが口に出たのではなく、直感的に出たことばなのでしょう。


 

 

「ごしんさん」

お亡くなりになった人を追憶する機会はしばしばあります。通夜とかお葬式、その後に営む法事の場などでは、ご家族のみなさんや地域の人々が一緒になって思い出を話します。

一緒に暮らした人や一緒に働いた人々には、ひとつの目的が共有されていて思い出話はたくさんあるわけですが、地域の住民という関係であれば共通した思い出が沢山あるとはいえません。

しかし故人を親兄弟として見ていた人々や上司とか同僚として見ていた人たちの場合と違って、一人の人間として見る見方、しかも一生という時間と環境とあわせながら追憶するこは出来ます。

昨日通夜を営んだ故人は、93歳のご婦人でした。そのお方は、通りがかりの立ち話の後の別れ際でも、「ごしんさんによろしくおっしゃって下さい」と必ずいわれていました。

「ごしんさん」とは私の家内のことです。奥さんとか坊守さんとかいわずそういわれていたのです。

「ごしんさん」という敬称を話される人を私は二人知っていました。その最後のお方がお亡くなりになられ、たぶん私の周囲から「ごしんさん」が消えると想像しています。

幼いころの躾として身につけられた方言など生活のことばが周囲から次々と消えていく中にあって、大事に使い続けて下さったお方でありました。

古くなった道具と同じように、古くなったことばも捨てられます。映像や記録としては伝わりますが、生活のお現場で伝わるぬくみや、そのことばをさりげなく使っていたやさしさは霧散します。

そういう生き方の事実を追憶して、故人のお人柄の断面を追憶してお話ししました。




 

 

変な性格


人間という生きものはずいぶん身勝手な生きものだと思います。自分のことです。

とっくにわかっていることなのですが、感じる機会があるときには何度思ってもいいのです。その真実を確認する作業ですから。

先日、上手にほめられました。

これからの地域や伝道の進め方について、いままで考えていたことを法座の場でプリントを作成してお話ししたときのことです。

およそ30分、そのときの口調に「情熱がこもっていて、凄いと思いました」という賛辞をいただいたのです。「いやいや、これからのことを考えているとつい」とかなんとかいいいながら、悪い気はしませんでした。

自分の行動が評価されたものとしてうれしくなったのですが、と同時にまだ何一つ成果が出ていないことなので、考えだけをほめてもらうことに恥ずかしさも感じてはいたのです。

成果が出るとか失敗するとか、その過程にどのような対処をしようとしているか、そのことを評価してもらえばうれしいと思っているのです。

ほめられてうれしいのにうれしがるそぶりをせず、それとは違うことに評価を期待して口にする我が身を、つくずく変な性格の人間だと再確認したのです。