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過疎の人

過疎の人

 

「過疎化を止めよう」「人口を増やそう」という発言は続きます。また一方で 少数ながら「過疎も悪くない」「過疎を逆手にとろう」という声もあります。現実を悲観的に捉えたら「過疎はダメだ」となってしまいますが プラス発想をする人々にとっては必ずしも過疎はダメだということにはなりません。
 
過疎はダメでもなく またすばらしいという現象でもありません。過去やよそと比較して捉えたある時期の社会現象と考えているのです。「いま・ここ」という現実の中で暮らしている人たちの普段着の人生に焦点を当てて ていねいに見ていると気づくことがあります。
 
身内のことから取り上げることにためらいはあるのですが 取材時間がかかることや取材手法が見つかっていませんので まず家内から始めます。

 

一善
 
というわけで 話して欲しいのですがいいですか?
※妻の名前はゆかりといいます。
 

 

(笑いながら)ハイハイ 協力させていただきますよ。

 

一善

 

(笑いながら)ありがとう では早速質問しますね。

 

 

ハイどうぞ。

 

一善

 

私たち 50年前に結婚したんだが あなた結婚を決めるとき 将来田舎のお寺で暮らすことになると考えていたの?

 

 

考えていたよ。父が「あんた 本当に島根県でいいのかね あの地でいいのかね?」と念を押したとき あまり深く考えないで 「ウン いいよ」といったことを憶えてるよ。

 

一善

 

へえーそうなんだ。それで今の現実をどう感じているの?

 

 

はっきり説明できないのだけれど 「いまここ」で不満とか満足とかいう思いが浮かぶことはないよ。

 

一善

 

ウンウン その気持ちわかる わかる。

 

 

行こうと思えば行きたいところにも行けるし する仕事も楽しいから不満とか満足とか考えることはないのよね。

 

一善

 

あぁ~それ聞いて安心したよ。たぶんあなたは ここの暮らしはいやだといわないだろうと思っていたけど 出ていくほどの不満はないんだね。

 

 

(笑いながら)逃げだそうか。朝起きたらいなくなっているかもわからないよ。でも安心してよ お葬式を出してあげるから。どこで暮らしても その人の気持ち次第じゃないかと思うよ。

 

一善

 

ということは その場そのときを大事にしてるということなんだ。そういってもいいかな?

 

 

う~ん うまくいえないけど そうだと思うよ。自分の暮らしの中で何か楽しみを見つけたらいいと思う。私は人生の後半になってから 仕事をする歓びとか花を育てる歓びが見つかって ほんとによかったと思う。

 

一善

 

ということは あそこの家の95歳のおばあさんが 終日畑に出て 売るわけでもない野菜をつくっておられるのも 耳が不自由でもお寺参りをされるのも歓びなんだよね。

 

 

ほんとにすごいよねえ あの人は。過疎なんて関係ないことだよね。

 

一善

 

ということを結論にして 今回はここらで終わりにしますよ ありがとう。