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教えの庭から「芋法座」
教えの庭から「芋法座」

 

先週の日曜日、「芋法座」という法座をお勤めしました。毎年秋から冬にかけて、石見地方の幕府領内(ばくふりょうない)にあるお寺で開かれる法座です。薩摩芋をお供えし、大森銀山の代官として赴任しておられた井戸平左衛門正朋(いどへいざえもんまさとも、正明と書かれた縁起(えんぎ)もある)公の遺徳を偲び、仏縁に遇わせていただく法座です。


 縁起によれば、井戸公は享保17年(1733年)石見地方を襲った大飢饉(だいききん)の時免税を断行し、また幕府の決済を待たずに預かっていた年貢米の倉庫を開いて瀕死の住民に分け与えるという緊急の措置を実施されたと語り継がれています。この規則破りの行為を自らの死によってお詫びされたという痛ましい縁起を読むと、身を捨てても領民を救おうとされた為政者の姿勢に胸を打たれます。即効性のある米倉の開放の一方で、永年の飢饉状態を解消するため、遠い薩摩地方では芋が栽培されているという情報を手がかりに芋栽培に取り組まれました。


 食の安定という課題に、長期的な構想で取り組まれたことは後世に残る偉業でした。海辺の砂地、やせた土地でも芋が育つようになったことで、その後の暮らしがどれだけ豊かになったかは容易に想像が出来ます。


 そうした遺徳を語り継ぎ、仏縁に遇う機会を「芋法座」と呼んで今日まで続けているのです。


 はるかに遠い過去の出来事ですから、食糧事情も変わった現代では理解が難しい行事になりつつあります。科学の進歩とともに社会は変化し過去が忘れられていきますが、現在が過去という想像できないネットの上に成り立っていることに気づけば、今を粗末に生きてはならないという自覚が生まれます。


 親鸞(しんらん)聖人のお言葉の中に、「如来のお心にふれることが出来たら、必ずその時から十種(じっしゅ)のご利益を感じるようになる」と読めるお言葉があります。その第八番目に「知恩報徳(ちおんほうとく)の益(やく)」という言葉があります。


 暮らしの中で「決してご恩は忘れません」という言葉を口にし、耳にすることがありますが、実際はとても難しいことです。人間はほぼ例外なく自分の都合で生きていますから、受けたご恩がどれだけ大きなものであっても、時間や状況によって薄れて行きます。恩に報いるとかご恩返しの行為は、恩を語り継ぐことと、ご恩を忘れて暮らしている自分に気づくことから始まります。


 私は「知恩報徳」というお言葉を、恩を知りその徳に応える力は如来さまからいただくものだと読ませていただきます。


 今年の芋法座も焼き芋を準備してお勤めしました。井戸平左衛門さまとおっしゃるお方の縁起を読み、偉大なご恩を語り合いながら如来さまのお心を聴聞しました。